沖縄〜 パライバブルーな季節風

アクセスカウンタ

zoom RSS オスプレイを見た!

<<   作成日時 : 2012/10/18 23:45   >>

トラックバック 0 / コメント 0

 那覇市新都心の上空を飛行する オスプレイ・・・   15日午後のことです。
 肉眼でも はっきり オスプレイとわかるほどで、 翌日の朝刊一面は この記事でした。

 あれよあれよという間に配備された と 思ったのも束の間、合意した安全対策など無視で 人口密集地の上空を飛行しています。


 今、日本中が注目しているオスプレイが、こんなにも無神経に我が物顔で 合意した以外の区域を飛び回るとは 日本政府もなめられたものです。



画像




 今、沖縄県立博物館では、沖縄の本土復帰40年 を記念した 『Okinawaから沖縄へ −モノが語る激動の時代 1945〜2012−』 が開催されています。



 戦後、アメリカ統治の時代から現在まで、アメリカ軍(兵)によって起こされた事件や事故の内容がパネル展示されていました。


  1945 石川市で女性が子供をおぶったまま3人の米兵に拉致される。
      母子は2年後に白骨死体で発見。

  1948 伊江島で米軍の弾薬運搬船が爆発、連絡船が巻き込まれ106人
      が死亡。

  1955 嘉手納村内で石川市に住む6才の少女が米兵に暴行、殺害され
      嘉手納海岸のゴミ捨て場で死体となって発見される。

  1959 石川市の宮森小学校に米軍戦闘機が墜落。
      死亡 17名、 負傷者 210名。

  1963 那覇市で男子中学生が信号無視の米軍トラックにひかれて死亡。
      米兵に無罪判決。



 ほんの一部です・・・   こんなに悲惨で苦々しい事件事故は毎年のように起こっていました。 
 又、 45〜46年 の期間には、米兵による、レイプ、強盗、殺人事件が多発していました。



 記憶に新しいところでは、


  1995 米兵3人による少女暴行事件

  2004 米軍ヘリコプターが沖縄国際大学に墜落・炎上




 40年前、屋良朝苗 知事は復帰式典の式辞でこう述べています。


 〜 米軍基地の態様の問題をはじめ、いろいろな問題を持ち込んでの復帰になったわけであります。
 したがって、これからもまた厳しさは続き、新しい困難に直面するかもしれません 〜


 この言葉、一言一句違わず 未来に届けるとは、、 40年も経ったのに、です。


 日本に復帰したい・・ というよりは、アメリカの支配下から早く逃れたかった。
 当時としては、本土復帰しか道はなかった。



 この展覧会で初めて知ったことです。
 

 オスプレイを見て、軍用機を見て、虚しさがよぎったのは沖縄に住んで初めてのことだったかもしれません。



 





テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
オスプレイを見た! 沖縄〜 パライバブルーな季節風/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる