沖縄〜 パライバブルーな季節風

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zoom RSS 伊能忠敬の地図を歩く (1)

<<   作成日時 : 2013/11/14 17:46   >>

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 んっ?! 伊能忠敬は 和歌山も歩いたんだろか? 
 隠国(こもりく) とも いい表される 紀伊の国 熊野の、見落としそうなほどに小さな 私の故郷も歩いたんだろうか?
 ふっ と 思いたって、 「 いつ見るの! 今でしょ!」 と ばかりに、大急ぎで この日 最終日の 『 琉球国之図 と 完全復元 伊能図フロア展 』 に・・・



 1800年から17年かけて 日本全国 4万キロの道のりを歩いて測量し、日本で初めてとなる 正確な日本地図を完成させた 伊能忠敬。
 幕府に提出されていた オリジナルの伊能図は 明治6年の皇居の火災で焼失したが、ここ十数年の間に 日本国内、アメリカ・フランスから 複本や模写図が発見され その全貌が明らかになった。
 その原寸大複製を一堂に展示・・・
 と パンフレットに。



 更に 加えて、今回 特別の目玉展示がありました。

 忠敬が、唯一 訪れなかった沖縄には、忠敬の 国土測量の 4年前には完成をみていた 首里王府編集の 『 琉球国之図 』 が存在し、その原寸大複製も 初公開されるのです。




 忠敬の日本本土の地図と 琉球国の地図、 200年前の 47都道府県を歩いてみよう!!


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 私は鹿児島から 北方向に 日本列島を見ています。

 このすべての海岸線を伊能忠敬は歩いていました。
 地図上の うっすらと赤い線が 忠敬の歩いた道です。
 西国に至っては 随分と内陸まで測量しています。




 紀州、熊野と呼ばれる地域・・・ 今ではもう 私にとっての聖地です。

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 今と変わらない 懐かしい地名がみられます

 那智の滝・・・  「瀑布」 と 表記されています。

 ただ、平安時代から 蟻の熊野詣 とたとえられた、内陸の熊野古道などの測量がされていません。
 伊能忠敬の目的は、ひたすら 日本国土の大きさと形を測ることにあったのでしょうか。 

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 200年前の地図に残る 故郷の地名は 当時の生活の営みが垣間見えたようで 感慨深いものでした。

 現在の地図に比べて、当然 単純な情報しかないけれど、200年前の故郷の存在は私の内なる芯を ちょっと太くしてくれたようでした。




 思い切って来てよかった・・・

 もう 半世紀も過ぎてしまった人生に 御縁のあった土地を廻ってみました。


 大阪・・・
 大阪城から まっすぐ北、淀川と神崎川、二つの川を越えたら 吹田村・・・ ありました。 

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 広島・・・ 今とおなじに 扇状地を 何本もの河川が流れます。 
 現 西区には 懐かしい 古江村・・・ 200年前はいちじく畑ばかりだったかも!

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 そして このあと、琉球国を じっくり廻ってみます・・・

 あれ!  連れ合いの故郷、嫁ぎ先を見てないわ・・・  まっ いいか!
 

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