沖縄〜 パライバブルーな季節風

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zoom RSS 三線の来た道 (2)

<<   作成日時 : 2014/03/12 23:44   >>

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 「おうちに三線あるの〜?」   「あるよ〜!」
 大阪あるある 一家に一台 たこ焼き器! の ノリで 返事が返るほど、沖縄の日常生活に浸透して在る三線は、どんな道を辿って 今 あるのでしょう・・・


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 沖縄県立博物館  『三線のチカラ −形の美と音の妙− 』 展の 展示室に入ると、那覇港の図の屏風が 迎えてくれます。

 かつて、架け橋の如く 大海に船を巡らせていた 大交易時代の歴史を持つ琉球。

 交易品を満載して帰国した進貢船を、人々が お祭りのような賑わいで迎えている 那覇港の様子が描かれています。
 出迎えに漕ぎ出したハーリー の上では、三線を弾く人、踊る人・・・ まるで音色が聞こえてきそうな光景です。




 中国に 三絃(サンシェン)という楽器があります。

 三線は 14〜15世紀頃、中国から移り住んだ 閩人(びんじん=現在の福建省の人を指す) によって持ち込まれた三絃が 起源と云われています。



 徳川美術館には、島津家が 徳川家に献上した 琉球楽器一式が収蔵されています。

 その 琉球楽器の復元も展示されていましたが、内 二つが、まさに 今に伝わる 三線です。
 キャプションには 「三線(サンスエン)」




 中国からの冊封使を もてなす 歓待の宴で披露される宮廷音楽を通して 三線は 大きなチカラを持っていきます。

 士族の家宝として珍重され 子孫に受け継いでいくことで、三線の文化は 士族のステイタスとして脈々と続いていきます。



 又、薩摩侵攻の以降、江戸に上がる使節が披露する 「御座楽(うざがく)」 は、琉球文化を広く知らしめることになりました。



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 明治に入って、民間にも広がっていきます。
 
 戦後の 辛く苦しい日々に、前を向く気持ちに奮い立たせてくれたのは三線の音色だったと聞きました。


 奏でて、愛でて、親しんで、贈って・・・
 沖縄のあちこちで、なんだか楽しげな輪が見えたら、その中に必ず三線があります。




 三味線は、大阪 堺に持ち込まれた三線が 基 との説があります。
 三線と三味線、 その存在の立場は、今、沖縄からみる限り まったく違う印象です。


  沖縄において、 なぜ 三線がこんなに身近にあるのか、身近にあるのに なぜ 特別なモノなのか、なぜ 愛おしさでもって大切にされるのか、 三線の価値観が 少し分かったように思います。


 その価値観を もっともっと感じる 三線の鑑賞の壺がありました。
 目からうろこの 三線のチカラ  ・・・続く!


 

 





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