沖縄〜 パライバブルーな季節風

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zoom RSS 久米村に 琉球史がみえる

<<   作成日時 : 2014/10/13 23:47   >>

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 久米村 と書いて (クニンダ) と呼びます。
 今でも 年配者を中心に通用する 本来の呼び方です。
 久米島?  いえいえ、現在の那覇市久米、市内中心部に位置する この辺りが 昔のクニンダ、琉球と中国の関係維持に不可欠の土地でした。

 久米村なくして、あの ≪万国津梁の鐘≫ が伝える 琉球国の大交易時代は無かったかもしれません。



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      「進貢船」 交易品を満載して那覇港に帰ってきたのかな・・




 沖縄県立博物館で開催中の、久米村のはてな? を解き明かす 『久米村 −琉球と中国の架け橋−』 展

 その展示資料には 琉球王国までも ギュッと凝縮されていて、二度おいしい展覧会になっていました。



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 1372年、中国との冊封体制に伴って、外交や交易を円滑に行うため 中国から渡来した人々は、那覇港の北側に位置する 「久米村」 を居留区とし、以後、子々孫々、久米村人(クニンダンチュ) とも呼ばれました。



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            鄭 擇中(てい たくちゅう)肖像画
 鄭擇中は1822年に中国に渡っています。 滞在中に描かせたとされる図。





 久米村に繋がる歴史は、昨年にも記事にしていました。
 なので、今回は 印象に残った文書を 少し ご紹介。



 『渡閩航路図』
 琉球から中国へ、航海の目的地である 福州 (現在の福建省) までの航路が描かれた巻物には、航海の目安となる、東シナ海に点在する島々の名称まで しっかり記されています。

 「魚釣毫」 との名称が・・ 尖閣諸島 魚釣島でしょうか・・ キャプションでは触れていませんでした。




 『奉使琉球図』  
 1756年に来琉した 冊封使一行を描いた絵巻です。
 中国を出発してから 帰国するまでの 20景が描かれているのだそう。
 そのうちの、首里城、崇元寺、那覇港の 3 景が公開されています。

 色彩が美しいまま残っていて、描写がリアルで 丁寧で、記録画ではありますが、一作品として見応えがあります。
 全場面、広げて見せてほしかったなぁ




 『中山伝信録』 
 1719年、冊封副使として来流した 徐葆光(じょ ほこう) による 冊封使録。

 琉球国の行事や風俗が 挿絵で描かれている記録も含まれていて、漢文が読めなくても楽しめそうでした。
 ページをめくりたかった・・




 『歴代宝案』
 琉球が、中国や朝鮮、東南アジア諸国と取り交わした外交文書を 王府が編集した書物。

 444年間にのぼる記録を記した正本は、琉球処分後 行方不明になりましたが、久米村の有力者が保管していた副本が 基になって 起こされた 『歴代宝案』 が お目見えしました。
 この書物を護りとおした クニンダンチュの精神が見える資料です。

 




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 『ペリー提督日本遠征記』 に 描かれた ≪那覇の長官≫
 堂々たる姿の人は、当時の 久米村総役 鄭元偉(てい げんい) 





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 『朝鮮・琉球航海記 バジル・ホール著』 に 描かれた ≪琉球の首長と二人の息子≫
 優雅に座る人は やはり 久米村の地方官 毛廷器(もう ていき)



 欧米との外交にも 久米村人(クニンダンチュ) の存在が 大きかったことが うかがえる資料です。
 




 展示室には、更に、久米村(クニンダ)が輩出してきた 琉球史に名を残す人々、 高い教養と知識が求められたクニンダの 子弟教育の全容、 現在の久米で 今に受け継がれている 祭礼や文化・・・

 余すことなく紹介しています。




 見わたせば、日々の暮しに クニンダがもたらした風習が・・・ シーミー(清明祭)や、魔よけの石敢當(いしがんとう)

 クニンダに眼をやれば、こんなに琉球・沖縄史が ギュッと詰まっていたのでした。

 あっ! また 宿題ができてしまった・・・  久米を 歩きに行かなくちゃ♪



 挿絵: ≪那覇の長官≫ 三館合同企画展図録 『宝庫からのメッセージ』
      ≪琉球の首長と二人の息子≫ バジル・ホール著 『朝鮮・琉球航海記』
 


 


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
いいですねぇ〜またまたそんな興味津々な催しが行われているんですね。
桜井夏風。
2014/10/16 11:27
じっくりと資料を見ていたら、あっという間に 半日は過ごせそうな会場でした。
久米を歩きたくなりますよ(笑)
パライバ
2014/10/16 17:25

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