沖縄〜 パライバブルーな季節風

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zoom RSS 追悼 佐藤公彦さん

<<   作成日時 : 2017/07/29 17:47   >>

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 「 ケメ 」 と いった方が 往時が蘇ります。
 1970年代の初頭、 尖がったような フォークが全盛だったあの時代、 ある意味 異端児でもあった シンガーソングライターでした。


 私は いつの時点で ケメの事を知って 大ファンになったのか、 記憶がないです。
 気がつけば レコードを 聴く日々でした。


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 忘れて うっちゃっていた私に代わって、母が 何十年も大事にとっていてくれた 懐かしいレコード、 LP盤も数枚ありました、、



 ケメが マニアックなファンに取り囲まれていた時代は、 吉田拓郎が テレビに 出も しないのに、飛ぶ鳥を落とす勢いで 音楽界を席巻していた頃と 重なります。


  周りに及ぼす影響力の大きさで フォーク界のシンボル的だった 拓郎が放つ迫力とは 一線を画して、 ケメは 主に コンサートやラジオで活躍し、 フォーク界のアイドルといえる人気者でした。
 ケメにしか創り出せない 独自の世界を 歌い上げていたシンガーでした。




 その時どきの、純粋で正直な 自身の心情を 歌に表現する、 だから 女には到底 歌えっこない 拓郎の音楽。

 新しい日本の抒情歌を創り、その風貌と 透明な声で 乙女心に灯をつけて、女性がターゲットのようだった ケメ こと 佐藤公彦。


 フォーク界の両極端にいた 拓郎とケメですが、 私が せっせと レコードを買い求めたのは この二人だけでした。




  いちばん好きだった曲  

 ♪ 通りゃんせ

  さみだれ五月よ来るがよい
  実らぬ恋もあるがよい
  私のぬったチャンチャンコ
  着る方もなく衣がえ

  八月葉月の虫の音は
  いとしゅうてならぬと泣きまする
  母様たおれた台所
  今じゃ私がおさんどん

  神無十月来るがよい
  私も師走にゃ雪化粧
  一人すわって窓あけりゃ
  いつかは情も通りゃんせ

  通りゃんせ 通りゃんせ
  ここはどこの細道じゃ

  さみだれ五月よ来るもよし
  実らぬ恋もあるもよし
  憎い八卦見言いおった
  三十すぎまで嫁がずと


 この歌詞で 日本古来の美しい言葉に 興味を持ったものでした。


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 優しい 温かい詩とメロディーで、癒しを届けてくれた 佐藤公彦の存在、、 少女漫画に登場する主人公のようでもありました。


 ネットで知った 逝去のニュース、 6月24日にお亡くなりになっていました。 
 享年65歳、 死因は 心筋梗塞となっていました。
 数年前に放映された フォークソングの番組で 何十年ぶりにケメの歌声を聴きました。 おじさんになっていても 優しい風貌と透明な歌声はそのままでした。

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