ペリー艦隊の水兵は琉球でいろいろやらかしています!

 貴重な歴史資料が並ぶ 静謐な展示室の中、なんと 思わず プッと吹き出してしまうような資料がありました。

 琉大付属図書館・沖縄県立図書館・沖縄県立博物館 「三館合同企画展」 での展示資料のなかに、、



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  「三館合同企画展」パンフレットより



 ペリーの艦隊は日本との交渉を推し進めるなか、琉球にも寄港、上陸して、測量調査や観察のためしばらく滞在しています。

 その間、首里や那覇にくり出した水兵の行動を首里王府がことごとく尾行して記録に残していました。



 その記録の一部です・・・

    5/12  提督をはじめとする210人が強行入城
    7/13  西瓜2つ、サトウキビ2筋を押収
    8/ 5  民家に入って卵5コを押収
    8/26  円覚寺で休憩、酒に酔って寺に侵入、4・5回鐘をならす
   10/ 9  3名、無断で聞得大君御殿の垣根を越える
    6/22  円覚寺で休憩、通行人に銭を放り投げる




 なんだか、タイムスリップしたかのように光景が思い描けます。

 実際はきっと笑うどころの話じゃなかったでしょうが、読んでてついついニヤついてしまいました。



 船では、酒に制限がされていたのか、水兵は酒を要求し、民家にまで押し入り住民に乱暴を働いた と、キャプションにありました。




 こんなことも、、

 ― 水兵ウィリアム・ボードは酔って民家におし入り、あろうことか機織りをしていた老婆に乱暴をはたらき、騒ぎをききつけてきた住民に追いかけられて海に突き落とされ溺死してしまいます ― 
     (参考 「ジュニア版 琉球・沖縄史」 沖縄歴史教育研究会 新城俊昭 著)

 

 その水兵ボードは那覇市泊にある 「 泊外人墓地 」 に葬られています。



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 地元の方に聞いた興味深い話、・・・昔は、垣花や小禄あたりを 「ペリー」 と呼ぶ人もいたんだそうです。

 きっと水兵がウロウロしていたんでしょうね・・・

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