琉球初心者マーク ~国賓!冊封使 ~

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 冊封使 ( さくほうし/さっぽうし ) は中国皇帝が琉球国の新国王を承認するために遣わす使者のことです。
 冊封の儀式は1404年の武寧(ぶねい)から、1866年の尚泰まで23回執り行われています。

 中山王の居城が首里に移ってからは、首里城正殿前の御庭(ウナー)で即位式が行なわれました。


 毎年、秋に催される「首里城祭」では冊封使節の行列と冊封儀式が再現され多くの見物客が訪れます。

 冊封儀式のクライマックス・・・  中国皇帝の命を受けた冊封使から、 「汝○○を琉球国中山王に封ず」 の勅書をうけ、皮弁冠(ひべんかん)、皮弁服(ひべんふく)と呼ばれる王冠、王服の布地などが与えられ、正式に新国王として認められます。


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 王の礼服は布で下賜され、琉球で仕立てられました。
 明から清へ、中国の大きな時代の変化の中でも琉球王の礼服のデザインは変わらなかったそうです。

 那覇市歴史博物館では不定期ですが その2点を公開しています。
 尚家資料の国宝の中でも目玉といえるので、タイミングが合えばラッキーです。




 さて、冊封使節は下賜品の王冠、王服などを携えて来るため琉球人が御冠船(うかんせん)と呼んだ冊封使船で来琉しました。
 正史、副使をはじめおよそ400人体制で、夏の南風で来て、秋から冬の北風にのって帰るので約半年間も滞在しました。

 長っ、、 王府の神経の使いようは如何ばかりだったか・・・

 その間、冊封使をもてなす様々な宴が催されましたが、その招宴で披露されていた芸能がとても大切に継承され、組踊のユネスコ文化遺産登録に繋がっています。

 中国との交流が 琉球の文化を 更に 高みに上げた といえます。
 



 1719年に来琉した冊封副使、徐 葆光 (じょ ほこう) があらわした 「中山伝信録」 に は、今でいうイラスト(しかも可愛い) 風で当時の琉球の風俗や暮らしぶりがいきいきと描かれていて貴重な史料です。

 冊封使節を迎えて歓待した ということが、琉球の歴史資料に 更に重みを与えています。


 


 中国からの国賓、冊封使といえども、実は命がけの船旅だった、というエピソード!  (以下は 『ジュニア版 琉球・沖縄史』 より抜粋)

冊封使船には、鋤や鍬などの農耕具まで積み込まれていました。嵐にあって無人島に漂着した場合でも、自活できるようにとのことからでした。また、「天朝使臣の柩」ときざみこんだ棺桶を二人分用意し、その上に銀牌をうちつけておいたという伝えもあります。もし、台風などで生還のみこみがない場合は、正副使をそのなかに入れて釘をうちつけ、漂泊にまかせて船がどこかに漂着したとき、これを見つけたものが銀牌をとって死体を処理し、のちに本国へおくりとどけることができるようにとの配慮からでした。


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 三重城(ミーグスク) あの水平線に華やかな御冠船が見えてきたはずです。

  

 参考 : 『ジュニア版 琉球・沖縄史』 沖縄歴史教育研究会 新城俊昭著






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