琉球初心者マーク ~厳しい史実 薩摩侵攻~

 薩摩侵攻琉球処分 は、琉球の歴史の流れの大きな分岐点のようです。
 王国の存在を揺るがした出来事は、 今では ドラマになり、小説になり、舞台劇にもなり・・・


 ですが、この二つの出来事は、沖縄の歴史と今 に大きく覆いかぶさっているようで、私にはとても重たい史実に思えます。



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 1609年3月、 薩摩侵攻 
 薩摩軍は、百隻の船と 約3000の兵で本島北部の運天港に上陸

 4月1日、 わずか7日間で首里城は陥落  

  



 ・・・琉球はずっとターゲットでした。

 ・・・豊臣秀吉は薩摩を介し、琉球の日本への服属を促していました。




 1589年  尚寧(しょう ねい) 26才で 7代目琉球王に就きます。


 
 1592年  秀吉、 朝鮮国王が 入貢と明への案内の要求を断った事を理由に 朝鮮に出兵、 出兵に際し 薩摩島津氏は、7000人分の兵糧米10か月分を琉球に要求、 いわれない要求にも琉球は 半分の兵糧を調達しました。



 1603年  江戸幕府
 徳川家康は 琉球を介して、 秀吉の朝鮮出兵で途絶えてしまった明との国交の回復を図ろうとしますが 琉球は拒否しつづけていました。


 薩摩島津氏は、 領地拡大と 中国貿易の利益を得ることを目的に、 家康から 琉球への出兵の同意を得ます。

 出兵の口実は、 琉球の漂流民を救った家康からの招聘に 琉球が応じなかったため、 そして、秀吉の朝鮮出兵の折、兵糧の調達が半分だったこと・・・




 1609年3月  戦に長けた薩摩軍は、まず奄美大島を攻略、 本島北部 運天港に上陸して 今帰仁城(なきじんグスク) を攻め落としました。



 尚寧に仕えていた、大阪 堺の僧、喜安(きあん) の日記には・・・

 「 国中の騒動斜ならず。 家財道具を東西南北へ運び出す有り様は、前代未聞のことなり 」  ( 『ジュニア版 琉球・沖縄史』 より )


 大混乱の様子が想像できます。




 同年 4月1日  首里城陥落

 同年 5月15日  尚寧と従者百名余りを薩摩に連行




 尚寧はその後、2年半もの間、薩摩にて軟禁状態に置かれます。

 その間、島津家久に伴われ、駿府では家康に、 江戸では将軍秀忠に謁見していますが、 そのときの様子は 捕虜としてではなく、 一国の王として丁重に持て成された、 とのことです。



 王とともに連行された重臣の中に、 三司官 謝名親方(じゃなウェーカタ)がいました

 島津に忠誠を誓う 理不尽な内容の 「 起請文 」 の提出を、たった一人拒否し 薩摩の地で斬首されました。



       『 起請文 』
         琉球は昔から島津の附庸国として従ってきたが、
       その義務を怠ったために琉球はいったん滅ぼされた
       しかし、島津の恩情で旧領土の中から沖縄諸島以南
       を知行地として与えられた    この御恩を忘れず
       子々孫々にいたるまで薩摩にそむくことはしない



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 謝名親方の顕彰碑



 更に 島津は、 今後、琉球が守るべき法度  「 掟十五条 」 を定め 琉球の支配権をとります。



 琉球は、王国の体制を維持し、中国との冊封体制も維持したまま、幕藩体制に組み込まれていきました。

 王国の解体に至らなかった理由は、中国との貿易にありました。
 


 板ばさみの苦しい外交を続けることになる 小国琉球、 それでもこの後、琉球ならではの外交を繰り広げて王国の誇りを維持していきます。



 薩摩の侵攻があり、 『テンペスト』 真鶴と浅倉殿は出逢うのです・・・  この行、フィクション!


 「尚寧王の起請文」 「掟十五条」 は沖縄県立博物館で見ることができます



    参考 : 『ジュニア版 琉球・沖縄史』 沖縄歴史教育研究会 新城俊昭著
         『沖縄 琉球王国ぶらぶらぁ散歩』 おおき・ゆうこう 田名真之著

















この記事へのコメント

ままりん
2012年01月31日 22:15
薩摩侵攻と琉球処分、教科書では一行で片付けられています。で、詳しく知るため読んでみました。陳舜臣「琉球の風」大城立裕「琉球処分」。小説ですが、ほぼ史実に忠実だと思います。特に「琉球処分」は琉球と大和両者を丁寧に描いていて、感銘を受けました。ただ今のわたしには、この史実を過去のものとスルーできない気持ちです。うまく表現できませんが。
2012年01月31日 23:53
琉球は、一般的には歴史上武器も持たない平和な島国といわれてきたのに、現実には、必ず相手から仕掛けてくる争いに否応なく巻き込まれています。今現在も、一番平和でいなきゃいけない筈の県が、いつもいちばん厳しい現実にたたされています。防衛大臣にはまず一ヶ月、沖縄に住む事を義務付けるとか・・・ 歴史も含めて沖縄をもっと知ってほしいです。私も「小説・琉球処分」に挑んでみます。

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