北山の要 「今帰仁城」

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 世界遺産 「 今帰仁(なきじん)城跡 」  正面の石門 「 平郎門 」 を くぐってタイムスリップします。

 この日は所用で今帰仁村へ・・  時間の都合で城内までは見学できず、数年ぶりなのに残念!


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 門の右手の チケット管理棟には 知る人ぞ知る 看板猫が いつも迎えてくれていて、 今日もいるはず・・・
 いました・・・  小屋の下に ちんまりと!  この子で 何代目になるのでしょう。


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 いつ頃からなのか、この小さな管理棟と猫はセットになってしまいました。





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 野面積み で積まれた城壁のアーチが美しいです。

 13世紀頃の築城では・・ と推測されていますが、創建した人物など 詳しいことは解明されていません。 

 今帰仁城跡辺りは 沖縄戦での破壊を免れていて、城跡は ほぼ 創建当時の姿を留めているそうです。


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 その昔、北山、中山、南山 と、三つの勢力に分かれて争っていた戦国の世は、沖縄の歴史上、大きく 「古琉球」 の時代 に括られます。

 今帰仁城は その北山の王の居城で、北部地域の拠点の城でした。


 最後の北山王は 攀安知(はんあんち)・・・ 1416年、中山の 尚巴志(しょう はし) に攻め込まれ、自刃し 今帰仁城は 落城します。

 落城後は 中山から 北山監守が派遣され 支配しました。





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 城の入口の手前は、以前には 雑草が茂り、石灰岩がゴロゴロとむき出す荒地だったと記憶しています。
 数年の間にすっかり様変わり、発掘・調査が進み 「外郭」 の復元がされていました。

 外郭では 住居跡や中国陶磁器が発掘され、家臣たちの住居があったと されています。



 近年、城の周辺では、集落の跡や ハンタ道 と呼ばれる 登城道、祭祀の施設なども発掘されていて調査が進んでいます。

 今 いちばん、訪れるたびに新しい発見が見られそうな グスク (城) です。

 
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