那覇市久米 はチャイナタウン?

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 8日、「象棋大会」 が行われた 明倫堂 がある 那覇市久米 の周辺は、琉球の頃、クニンダ(久米村) と呼ばれ 特別区のような存在だったところです。

 明倫堂 は 「孔子廟 」 の敷地にあり、その 孔子廟 に隣接してあるのは 中国式庭園 「福州園」
 界隈を ぶらぶらするだけで、あちらこちらに 中国を感じるエリアです。


 ちなみに 明倫堂 は、沖縄で初めてとなる 教育機関・・・ 学校でした。


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           正面に 孔子廟  右手は 明倫堂



 その昔、中国への進貢国 として 繁栄した琉球国は、歴史上 中国と深い繋がりがあります。


 明の時代、 中国 福建省から琉球に移り住んだ 「閩人(びんじん)三十六姓」 と 呼ばれた人々がいました。
 職能技術に長け、貿易や外交面、技術面で 琉球に貢献しました。

 久米村を居住区としたので、後に 「久米三十六姓」 と呼ばれます。
 「三十六姓」 は 「大勢」 を 例えた表現で、36の姓 という意味ではないのだそう・・・




 葛飾北斎の 『 琉球八景 』 にも クニンダ が描かれています。
 竹垣で囲われた家並みが描かれているのですが、竹垣は クニンダの特徴だった と 聞いたことがあります。


 タイトルは 『 粂村竹籬 (くめむらちくり) 』


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 沖縄に竹林・・・ 耳にしたことはありません。
 竹なら 山ほど植わっているだろう 中国本土から運んできたのでしょうか・・・

 沖縄に竹林があるなら見にいきたいものです。
 (金武町の 金武観音寺 の寺門のわきには 竹が植えられていて、懐かしい気持ちで眺めた記憶があります。)



 久米三十六姓 の子孫の方々が、今も クニンダ の歴史を脈々と受け継いでいる 久米の区域。
 久米は 風水に基いて 街づくりが行われた とも聞きます。

 この街、じっくり探索してみたら ぜったい楽しめそう・・・



この記事へのコメント

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  • 久米村に琉球王国がみえる

    Excerpt:  久米村 と書いて (クニンダ) と呼びます。  今でも 年配者を中心に通用する 本来の呼び方です。  久米島?  いえいえ、現在の那覇市久米あたり、市内中心部に位置する この辺りは、昔々、琉球と.. Weblog: 沖縄~ パライバブルーな季節風 racked: 2014-10-13 23:47
  • かつての久米村 ぶらぶらぶら(1)

    Excerpt:  中国と 深~い繋がりがあった 琉球王国。  その歴史のカケラを ぶらりと 探しに来ました、見つけられるかな・・・ 場所は かつての久米村 です。 Weblog: 沖縄~ パライバブルーな季節風 racked: 2015-04-14 16:51