神秘のトンネル 玉城グスク


 数あるグスクのなかでも、創建当時の姿は ほとんど留めていないようなのに、インパクト大な グスクが 南城市にあります。


 玉城グスク 

 東方楽土から渡ってきた 創世神アマミキヨ の 琉球の国造りのなかで 五番目に造られた御嶽と 伝えられています。



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 目を引く 自然石をくり貫いた丸い城門は、三つの郭からなる グスクの 「一の郭門」 と いうことですが、人ひとり通るのがやっとの大きさです。



 沖縄戦での損壊が大きく、又、台風の被害で 石組みが大きく崩れた箇所もあると聴きました。


 周辺整備が そう行き届いていない印象さえあるグスクですが、それだけに、地元の方々が 延々と見守ってきたピュアな聖域を体感します。

 この日も、御嶽にお供えをして拝む方々がいました。



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 砦だったのか、 城主が存在したのか、 御嶽を護るためのグスクだったのか、、

 多くの謎が残された グスクのようです。

 私の手元の歴史本でも 多くは触れていませんでした。




 城門をくぐった先にあるのは 「天つぎあまつぎの御嶽」  雨乞いの御嶽でした。



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 今 くぐった城門を振り返ると、門の向こうに・・


 「あっ、久高島が見える・・」


 斎場御嶽、知念グスクでも 久高島を仰ぎ見ながら 手を合わせる場所がありました。

 琉球開びゃくの神話に登場する この地域に点在する御嶽のキーワードは 久高島!?


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 城門を背に 東方を・・ ゴルフ場の上部に久高島



 そして 久高島を望める この城門を、夏至の日には朝日が貫くのです。

 意図的に開けられた門なんですよね、、 きっと。



 「古琉球」 の時代、そのなかで 更に 「グスク時代」 と 括られる 古い古い琉球の頃、平和と豊穣をもたらす神を崇めて 国が成ってた時代は 平和だったんだろうなぁ

 私の内では 「御嶽」 は 「平和」 に結びつくようで、今回 気づきました!♪









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