久米大通りに残る歴史のカケラ(2)

 国道58号線から 久米大通り に入ってすぐ、通りの西側には 天妃小学校 があります。
 その敷地の一角に 「久米村」 の名残が しっかり残されていました。

 15世紀半ばの創建だという ≪上天妃宮跡の石門≫



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 航海の安全を守ってくれる神として信仰をあつめる、道教の女神 「媽祖」 を祀る 「天妃宮」
 中国との航路を往来する琉球の船も、航海の前には天妃宮に詣でたそうです。


 沖縄戦の戦禍にまかれた 久米の界隈に残る 数少ない史跡です。



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 久米大通り に戻って 北方向、西武門方面 に進むと・・・


 あ~っと、見落とすわ!  赤い自販機の手前の ベージュの壁・・・


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 とっても控えめに取り付けられた、だけど、内容は濃い この史跡案内。
 だって、かの 肖像画 まで 付けられています。

 この場所 ≪程順則の生家跡≫



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 久米村出身の 「 程順則 (てい じゅんそく)」 は 琉球の歴史に 偉大な功績を残した 偉人のひとりです。

 学者であって、政治家であって 教育者、多岐にわたる 業績が知られています。

 名護間切の総地頭であり、高徳を積んだ人格者であったことから 「名護聖人」 と 呼ばれました。


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 1706年、進貢使節の一人として 中国に渡った際、 自費を投じて 中国の教訓書 「六諭衍義(りくゆえんぎ)」 を 印刷して持ち帰り、 それは その後、薩摩を通して 八代将軍 徳川吉宗 に献上され、教科書として 寺子屋などでも使われました。


 学者として、日本国内でも 中国でも 一目おかれる存在でもありました。



 ところでこの肖像画、 観る者を引きつける 見事な肖像画です。

 口元に うっすらと笑みを浮かべているような 豊かな表情は 人格まで表れているようだし、細やかな表現は その時代を うんと 身近にしてくれるようで、 ますます興味を引いて ずっと 眺めていたいと思う 肖像画です。

 この肖像画は 沖縄県立博物館で見ることができますよ♪


 最寄りのバス停には ≪西武門≫
 行政区域としての 名称はありませんが 地域には歴史の名残が活きていました。





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 この辺りが かつての 「久米村」 の北の入り口 ≪西武門(にしんじょう)≫

 風水に基づいて創られた 久米村の 龍の尾 にあてられた場所です。




 なんとな~く 知ってるつもりでいた 久米村 の歴史も、実際に歩いてみたら ジワジワと染みるように 留められました。



 西武門の交差点を 過ぎると、「久米大通り」 は 「波之上通り」 となって どん着きにある 「波之上宮」 に続きます。



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 その 波之上宮 の手前に、現在の 「天妃宮」 は 祀られ、その敷地の一角には 「程順則 の顕彰碑」 が立っています。

     画像の左手、お参りの人がいるのが 「天妃宮」
     画像中央の右側、緑豊かな植え込みに 「顕彰碑」

     (昨年、県博で開催された 「久米村展」 はこちらに)

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