史跡 御茶屋御殿跡に 新情報

 御茶屋御殿(うちゃやうどぅん)  王国時代の 首里王府の迎賓館でした。
 首里崎山町、 首里カトリック教会と付属幼稚園の建つ場所に、かつて その 御茶屋御殿が 存在しました。



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                  御茶屋御殿跡



 1677年、中国からの冊封使を迎えるために造られ、宮廷芸能文化の発展にも寄与した御殿でしたが、 第二次世界大戦で破壊されてしまいました。




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 那覇市は、2016年度 御茶屋御殿の 国の文化財指定に向けた調査を進めていく との記事が 3日付の地元紙に掲載されて 正月早々 愉快な気分です。



 敷地には当時の石垣が現存していて、遺構の一部も確認され、図面や写真も発見されているとか。

 将来、復元も可能な条件が揃っているようで 楽しみな情報です。




 この御殿跡の存在を知って、その場所が見たくて 過去に訪れたことがありました


 首里城の外郭の東側を 時計回りに巡り、そのエリアを 次は南下して 御茶屋御殿まで・・


 周辺には 御嶽や古い石畳、かつての王国時代の名残が点在していました。

 興味を引く眺望や 史跡が たくさん楽しめる 歴史の道でした。



 周辺が 首里城下として、今以上に ルートなどが分かりやすく整備され、もっと 散策が楽しめるエリアになってほしいものです。

 丘の上には御茶屋御殿があり、 王様も、ご招待を受けたVIPも 楽しんだろう眺望を 同じように愛でたいものです。






この記事へのコメント

Kai
2016年10月04日 13:38
2016年年8月30日の「NHK おきなわHOT eye NEWS」
によると、琉球王国時代に外国からの使者をもてなした迎賓館で沖縄戦で焼失した那覇市崎山町の「御茶屋御殿」(うちゃやうどぅん)について、那覇市は石垣の一部しか残っていないものの、貴重な歴史遺産として国の文化財登録に向けて、今日(2016年8月30日)から石垣の測量調査を始めたとのことです。


調査では市の委託を受けた業者が残された石垣の長さや幅を機器を使って計ったり、石の形や組み合わせなどを写真に収めたりして記録したそうです。この測量調査は9月上旬まで続けられるそうです。

那覇市文化財課の吉田建太学芸員によると、「現在、文献の記録しかないので、(測量調査での資料・記録が)それを裏付ける証拠につながって行くのではないかと思われます」と語っています。


ウィキペディアの要約によると、「御茶御殿(うちゃやうどぅん)は沖縄県那覇市崎山町にかつてあった琉球王府の迎賓館でかつ文化の殿堂。

御茶屋御殿は首里城の風水上の東(方位の南)に位置していたことから東苑(とうえん)とも呼ばれた。
建設・造園は尚貞王代の1677年~1682年の間とされる。

第二次世界大戦で園内の建造物は全て破壊された。激戦地だったために土地を購入する者がなくカトリック教会が敷地を購入。現在、跡地にはカトリック首里教会および付属幼稚園が建っている。

2006年12月25日、那覇市議会の12月定例会において「御茶屋御殿の早期復元・整備を求める意見書」が議決された。2016年、文化財登録に向けて那覇市は、登録の前提となる残された石垣の測量調査や図面の作成業務をする計画で、文化庁の補助金の活用を目指している」とのことです。
Kai
2016年10月04日 14:45
~御茶屋御殿復元へ調査 戦災で焼失、那覇市が計画~
琉球新報 2016年1月3日  その1

那覇市は2016年度、琉球王府の迎賓館ともいわれ、沖縄戦で焼失した那覇市首里崎山町の御茶屋御殿(うちゃやうどぅん)の復元を目指し、国の文化財指定に向けた調査を行う計画を進めている。調査は現存する石垣などの現況測量と図面の作製を行う方針。市は文化庁の補助金を活用した事業費案を市議会2月定例会に提案する予定。市文化財課によると市の同御殿調査は初めてで、実現すれば御茶屋御殿復元への大きな前進となる。

これまでに復元保護が実現した首里城、守礼門などは、観光地にもなり多くの観光客を集めていることから、御茶御殿の復元に期待が集まっている。

御茶御殿は1677年、中国からの冊封使を迎えるために造られた。首里城の東にあったことから「東苑」とも呼ばれ、冊封使や薩摩の在番奉行を接待する外交の場として用いられた。

また、宮廷文化を担う人々が芸能の技量を発表する場でもあり、琉歌や歌三線、組踊り、武芸など琉球文化の発展に寄与した。

1930年にはわずかに残っていた茶亭などが首里城正殿と共に整備され、旧国宝指定の候補にもなったが沖縄戦で焼失した。戦後、跡地はカトリック沖縄教区が購入し、首里カトリック教会と幼稚園を建設。敷地内には石垣などの遺構が現存している。

2000年以降の県埋没文化財センターによる発掘調査で遺構の一部が確認されたほか、写真や図面など資料も発見。市議会も2006年、国に対し同御殿の早期復元・整備を要請する意見書を可決している。市は国の予算で復元を進めたい意向だ。

そのため、国の文化財指定に向け調査をする。市文化財課の担当者によると、来年度からの調査内容などを踏まえて文化庁と調整し、方向性を決定するという。




Kai
2016年10月04日 14:58
~御茶屋御殿復元へ調査 戦災で焼失、那覇市が計画~
琉球新報 2016年1月3日  その2

1997年から復元に向けて活動を展開している「御茶屋御殿復元期成会」会員で、市議会12月定例会で同御殿について質問した野原嘉孝議員は、「復元に向けてようやく動き出した」と評価。課題となる教会と幼稚園の移転については、「移転先選定などしっかり対応する必要がある」と述べた。  (久場安志)
2016年10月07日 21:07
Kaiさん
御茶屋御殿もさぞ美しい御殿だったろうと 想像を膨らませる史跡で、円覚寺同様、復元されるなら とてもうれしいことです。
何年後か、首里城周辺はどんな変化がみられるか楽しみです。

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