『 朝鮮・琉球航海記 』 を楽しむ


 久し振りに 大琉球を、200年前の沖縄を、生き生きと描かれた リアルタイムの琉球人を、ワクワク 楽しんでいます。
 長いあいだ 背表紙ばかりを眺めていた本です  『 朝鮮・琉球航海記 』 ベイジル・ホール著 
 



 1816年 2月、 イギリス海軍艦船 アルセスト号で 中国を訪問した アマースト使節団が、 途中 陸路で中国に向かったことから、 アルセスト号と 随行する ライラ号は、朝鮮と琉球への探検航海に出発しました。

 その ライラ号艦長 ベイジル・ホールによる 探検・航海記です。



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 同年 9月、 朝鮮の陸地を確認し、朝鮮半島の 西海岸を南下しながら 島々を廻り、現地人とも交流を持ったのち、 さらに南下して 琉球に向かっています。




 琉球の陸地で 最初に確認したのは 「 硫黄鳥島 」
 王国時代の貢物に欠かせなかった 硫黄が採掘される 重要な島でした。



 次に 「 伊江島 」 を確認。
 記録には  「 中央部に特徴のある高い円錐形の山がそびえる緑の小島である。」
 ・・・ 今と おんなじ!



 沖縄本島で 最初に 錨を下した場所は 「 糸満沖 (琉球側の記録)」 
 「 水をすかして 鮮やかな緑色のサンゴが はっきりと見えた。」 と 記されています。

 さぞ、きれいだったことでしょう、、
 



 朝鮮人や琉球人との交流の様子は カメラのない時代のこと、 挿絵のリアルさと 状況を克明に綴った記録が 100%の臨場感でもって伝わるので、 当時の 琉球の人々や暮らしぶりが 簡単に思い描けて、これが面白いのです。
 (なぜ もっと早く 手に取らなかったんだろ、、)




 ちなみに 糸満での記録  《 現地人との最初の対面 》 の 件は、、

 「 われわれは、これほど好意的な人々に出会ったことはかつてない。 彼らは舟を横づけにすると、すぐ一人が水の入った壺を、もう一人は、ふかしたサツマイモの入った籠を差し出したが、代価を要求したり、ほのめかしたりするようなことはない。 その態度はおだやかで、礼儀正しかった。」




 9月16日、 二隻のイギリス艦船は 那覇港に錨を下すものの 上陸も許されず、かなりな期間を 留め置かれています。

 42日の滞在期間中、 国王に謁見することになるのか、速やかに お帰りいただけるのか、 琉球側の駆引きは功を奏するのか、

 ベイジル・ホールの 琉球人との交流や感想、 この後の展開が 楽しみになってきました。 



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 那覇港のスケッチ 
 (実は泊港  右奥に泊高矼、手前は 現在の那覇市泊の外人墓地) 




 ところで 1816年は、17代 尚灝 (しょう こう)王 の時代 ( 『テンペスト』 に登場する 尚育王の御父さんです )
 外国船の来航や漂着が頻繁にあり、上層部は 頭を休める暇もなかったと推測される時代です。

 

 この ベイジル・ホールの航海記は 1818年に出版され、数か国語に翻訳されるほど 反響を呼びました。
 これ以降、 琉球には 西欧諸国の船が、貿易や布教の目的で 頻繁に寄港するようになります。

 そして 36年後、 ペリー艦隊が 琉球に寄港するのです。






 

 

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  • 素敵な琉球人

    Excerpt:  詳細に綴られた日誌と、記録画でもある リアルな挿絵が、 1816年の琉球に タイムスリップさせてくれた 『 朝鮮・琉球航海記 』  頭の痛い 外国からの来訪者に、なんとか 速やかにお帰り頂きた.. Weblog: 沖縄~ パライバブルーな季節風 racked: 2016-09-08 21:50
  • バジル・ホールの「琉球航海記」 に登場する人々

    Excerpt:  さすが、博物館は楽しませてくれます、、 あの 『 朝鮮・琉球航海記 』 に登場する 素敵な琉球人 真栄平さんは 「 真栄平房昭 (ぼうしょう)」 さんと おっしゃいました。  真栄平さんと一緒に.. Weblog: 沖縄~ パライバブルーな季節風 racked: 2016-10-21 15:27
  • 尚こう王、尚育王の 御後絵公開中

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