素敵な琉球人


 詳細に綴られた日誌と、記録画でもある リアルな挿絵が、 1816年の琉球に タイムスリップさせてくれた 『 朝鮮・琉球航海記 』
 厄介な 外国からの来訪者に、なんとか 速やかにお帰り頂きたい と、 策を講じたであろう 琉球側の人物のなかには、印象に残る 素敵な琉球人がいました。


  『 朝鮮・琉球航海記 』 の概要はこちらをご覧ください m(__)m



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 ≪琉球の首長と二人の息子≫
 息子が手にする箱には お酒やつまみが
 入っているとか・・
 



 アルセスト号とライラ号が 那覇に停泊してから、 王府の高官達が 頻繁に 艦船を訪問しています。

 バジル・ホールは 琉球とのやり取りを 詳細に記録しているのですが、 交流を持った役人の中に、通訳係の 「 真栄平(まえひら)」 と いう 役人が よく登場しています。




 真栄平さんの名が 初めて登場する 記録には、、


 英語を学んでいる琉球人が 注目すべき成果をおさめつつある・・

 いつも ノートブックを持ち歩き、習った単語を 琉球語で書きつけている・・

 彼は 一種の直感的な能力によって、食事マナーなど イギリス人が行うあらゆる行為を、即座に 自分のものにしてしまう・・

 われわれが到着して 三週間目には 英会話で 意思疎通ができた・・


 真栄平さんは すでに 英語を知っていた わけではなかったようです。



 また、真栄平さんの性格や 品位を書き記した くだりでは、、


 英語の進歩は目覚ましいものがあり、われわれに関することに 興味を抱き、誰よりも熱心である・・

 英語の本の朗読を頼むので 読んであげると、全神経を 耳に集中させて 聞き入っている・・

 艦船の あらゆる階級の人と すぐに打ち解けるので 人気者になり、 誰もが 彼の探求心の世話をしてあげるのが楽しみになった・・

 真栄平は 重んじられているだけでなく、われわれの感嘆と尊敬のまとである・・


 などなど、、


 28歳くらいの 痩せ型で、上歯が飛び出しているのが 顔の特徴だとか、、

 文中には 「 ようやく 真栄平の身分が分かった。」 との くだりがあるのですが、 詳しい階級は明記されていません。
 ただ 他の高官とは違い、王族である王子と 何度も会ったことがある人物である と、記されています。



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 ≪琉球の王子≫
 王族の王子 ハチマチに身分が見える。
 アルセスト号を視察し、 臨海寺で宴を催し
 イギリス人をもてなしています。



 こんな内容も、、

 真栄平が、丁重さ、自己抑制、立居振舞いの優雅さなど、文明国においては 最も好ましく 有利であると考えられている 社交場の行動様式を身に着けているのを見るのは、好奇心をそそられる・・

 真栄平が、イギリス人や その慣習に、関心と好奇心を示すので、イギリスに連れて行こう と 提案したところ、 「 私がイギリスに行くと、家族が泣くから 行かない。」 と・・




 別れのとき、、

 親交を持った皆が 贈り物を渡しあい、誰もが 涙を流しながら 渡しの小舟に移ったこと、 真栄平さんも 大勢の友達から贈り物を受け、握手を交わしながら 泣きじゃくっていたことが 綴られています。



 
 (航海記によるところでは) 琉球に上陸した外国船は この艦船が初めてだった と いうのに、 臆することもなく、外国人の中に 積極的に入っていける、真栄平さんのキラキラした表情と人柄が 目に浮かぶようでした。

 琉球での記録が、異文化間に生じる 緊張感だけでなく、 和やかな交流が 印象に残るのは、真栄平さんの人格が 大きな影響を与えていたのでは と 思ってしまいます。



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 『 バジル・ホール来琉200周年記念 ウランダーがやってきた 』 が、那覇市歴史博物館で始まりました。
 航海記は、他にも 可愛い人柄の次良さんや、興味をそそる エピソードが満載でした、 博物館で もっと楽しんでこようと思っています。

 

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  • バジル・ホールの「琉球航海記」 に登場する人々

    Excerpt:  さすが、博物館は楽しませてくれます、、 あの 『 朝鮮・琉球航海記 』 に登場する 素敵な琉球人 真栄平さんは 「 真栄平房昭 (ぼうしょう)」 さんと おっしゃいました。  真栄平さんと一緒に.. Weblog: 沖縄~ パライバブルーな季節風 racked: 2016-10-21 15:26