ふるさとの歴史


 出身地 和歌山の歴史に ほとんど目を向けた事がなかった過去を反省しつつ、ようやく ここにやってきました。

 和歌山城のお隣に建つ 和歌山県立博物館


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 同じ敷地内の近代美術館とは 2 Fのデッキと地下で繋がる ユニークな建物は 黒川紀章氏設計デザインで、1994年に開館しています。


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 外見的には デザイン性に違いが見えますが、 ゆったりとした余裕を感じて 馴染んでしまうのは 美術館と同じです。


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 常設展は 「 きのくにの歩み -人々の生活と文化- 」 和歌山の歴史が 時系列で纏められていました。


 特別展は 「 紀伊徳川家 やきもの新時代 -富国と栄華の19世紀- 」 富国政策の一環として、陶磁器生産が盛んに行われていた時代に生み出された 数々の名品が展示されていました。

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 二つの展示室は 展覧会によって 柔軟に使い分けるとか、、 美術館に比べ コンパクトな建物ですが、合理的に利用されているようです。

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 和歌山県の歴史は 県北部で発見された ≪ 3万年前のナイフ型石器 ≫ から 始まっていました。

 各地の遺跡や 発掘された遺物が、パネルやデジタル解説とともに 紹介されています。

 県南部には 国指定の前方後円墳 ≪ 下里古墳 ≫ が 保存されていました、、 知らなかったよ (-_-メ)



 古事記など 主要な史書に登場する 紀伊の国の記録部分は、 その史書の複製で見せてくれるので 興味を引きます。

 たとえば 栂尾山 高山寺 を開いた ≪ 明恵 ≫   有田地方の出身で、 平家家人の武士団 湯浅党一族の子弟として 京の寺院に送られたという経緯では、高山寺に伝わる ≪ 鳥獣人物戯画 ≫ が 資料展示されていました。 分かりやすいし 取っつき易い♪



 北部には 816年に 空海が高野山を開き、 南部には 1090年 白河上皇が熊野に詣でて以降の 皇族や貴族の熊野御幸、 それらの地を繋ぐ 観音霊場など、 紀伊の国の聖地の歴史も 紹介されています。



 荘園を所有した土地の実力者が 武士団を形成していく時代があったものの、有力な戦国武士は生まれなかった紀伊の国。

 和歌山城は豊臣秀吉が 弟 秀長に造らせたのだそうで、、 こんなことも知らずに、、 (-_-メ)



 江戸時代に入り、徳川家康の10男 頼宜の入国によって 徳川家が紀伊藩主となります。
 このあたりの歴史は、お隣に建つ 史跡 和歌山城の 「 わかやま歴史館 」 が より詳しい解説をしていることでしょう。


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 博物館と美術館へと 誘うように立つ 吉宗公の銅像



 現代の歴史には 大きな自然災害や戦争の資料が展示されています。
 戦争の影響はないと思い込んでいた県南部にも 空襲の被害がありました。 祖母や父から聞いたことがなかったなぁ



 ざっと、和歌山の歴史を巡りました。 
 展示室内と 資料の見せ方は 分かりやすく 理解しやすいものでした。


 故郷の歴史に もっと触れたくて、2 Fホワイエの居心地いいい閲覧コーナーで、地域ごとに製本された 戦前からの写真集をみて過ごしました。 ウチの 爺ちゃん祖母ちゃんの若い頃が写っていたかもしれません(笑)


 博物館の資料の見せ方にも 歴史があるのを知りました。 
 沖縄県立博物館の ジオラマや 梵鐘の音色、 資料の持つ世界が さらに広がりを見せるデジタル解説は、開館10年とはいえ 新しい展示方法といえるんですね。

 和歌山県立博物館、近代美術館で ゆっくり過ごした この日は 大切な記念日になりました◎
 


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