金剛峰寺のホント (3)

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 古色蒼然とした ≪ 金剛峰寺 ≫ は シャクナゲの花の中にありました。


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 もともと 「 金剛峰寺 」 とは 高野山 一山の総称だったそうです。
 現在の 「金剛峰寺」 を指すのは 高野山境内の ひとつの独立した寺で、明治初期まで 「 青厳寺 」 と呼ばれていました。

 それでも、高野山真言宗総本山としての総務を司どる中心の寺となっていて、 外観からして 独特の雰囲気を醸し出す 美しいお寺です。


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 拝観して分かったことですが、 迎賓館の役割も担っているのでしょうか、、
 書院造りの各部屋は 見事な 襖絵で飾られていますし、 石庭の ≪ 蟠龍亭 ≫ は 勅使門に向かって造園されていました。

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 金剛峰寺は 思った以上に 広い範囲を公開しています。

 寺内の庫裡まで公開されていました。 広ーい台所に興味津々です。
 高野山に蟄居を命ぜられた豊臣秀次が 切腹をした部屋も見ることができます。

 お茶を振る舞っていただける広間もありました、 拝観時間は休憩も含めて ゆっくり取ることをお勧めします。


 高野山 = 金剛峰寺 = 真言宗 = 空海 の印象から、 見上げるほどの巨大な お寺と思っていましたが、 しなやかで美しい 書院造りの建築でした。



 各エリアを 杉木立の美しい参道がつなぎます。
 空がスッコーンと抜けています、 標高 約900m 天空の聖地です。

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 ≪ 霊宝館 ≫へ向かいます。

 高野山 1200年の宝物を 公開する 霊宝館では 「 室町時代の高野山 」 と 銘打った 企画展が開かれていました。
 
 国宝 足利義満の書や、多くの重要文化財が観られたのですが、 快慶作の ≪ 四天王立像 ≫ ≪深沙大将立像 ≫ が 揃って観られたのはラッキーでした。

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 午前はここまで、、 予定通り 巡れました◎

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 食事処や土産物が並ぶ 高野町の中心部まで 歩きます。
 最終目的 ≪ 奥の院 ≫入口に向かう バス停 「 千手院橋(西) 」 (地図の ) も この中心部にあります。  つづく



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  • 高野山の中心で幸福を拾う (2)

    Excerpt:  霊場 高野山への入口 ≪ 大門 ≫ から 真言密教の中心部 ≪壇上伽藍≫ まで やって来ました。 門前町をぶらぶらと 徒歩で 10分ほど。  壇上伽藍の正門 ≪中門≫ を くぐります。 Weblog: 沖縄~ パライバブルーな季節風 racked: 2018-06-07 14:23