なんてカッコいい 旧円覚寺仁王像

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 バランスが良くて 迫力に満ちた、ホントにカッコいい お仁王さんです。 
 琉球王家の菩提寺であった 旧円覚寺の総門に祀られていた 金剛力士像。  残念なことに 沖縄戦の戦禍で 粉々になってしまいました。
 沖縄県立博物館が、この仁王像の情報を募っていると 過去に綴りました
 あれから 2年、仁王像の復元に向けたプロジェクトは進んでいました。  その経過を 伺うことが出来ました。



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 お話し下さったのは 復元にあたっている 岡田 靖氏。
 
 一般社団法人 人木文研 代表理事 ・ 東京藝術大学美術学部 国際文化財修復プロジェクト室テクニカルチーフアドバイザー
 スペシャリストです☆




 パネルの阿形像は 現在 木彫の過程にあるそうです。

 そこに至るまで どんな取り組みや苦労があったのか、興味深いお話でした。
 ( 私の理解の範囲で 端折り端折りの内容です (-_-;) )


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 旧円覚寺 総門


 1492年頃の創建と伝わる 旧円覚寺、その総門とともに造像された可能性が高いとされている 仁王像。
 現在 確認されている 残欠部材は たったの 13部材です。 パネルの白い部分が その部材です。


 素材は15~16世紀に伐採された ≪ カヤ ≫ と 判明しました。  カヤの寄木造の仏像です。


 13片を 科学的に調査したところ、二つの異なる時代に造られていることが判明しました。
 室町時代後期 と 江戸時代後期。

 旧円覚寺創建の室町時代が オリジナルであり、 江戸時代には大規模な修理が行われたと考察しました。


 二つの時代を混合させた復元は不可能です。 プロジェクトは創建当初の姿の復元を目指します。




 古文書には 仁王像の記述が無く、古写真も無いため 顔も解りません。


 解明の糸口としたのは 京都 南禅寺の僧で、琉球に臨済宗を伝えた 円覚寺の開基 ≪ 芥隠 (かいいん)≫ の存在。 室町幕府との関わりも伝わる僧侶です。

 足利将軍家は 仏師の一派である ≪ 院派≫ を仏師としていました。

 また、円覚寺の御本尊を作成したのは 京都 院派の仏師 吉野右京(院達) である事が判明しています。

 寄木の木組みや ノミの跡、京都風の造形であることなど 総合的に判断して、1494年頃に 院派の仏師によって造像されたと推定しました。



 同時代に造像された 現存する仁王像を、 類似する仁王像を 全国に探し求めます。

 石川県珠洲市 ≪ 法住寺 ≫ 1453年に作られた仁王像を 第一参考に絞ります。 
 頭部、腰、足部分などが参考にされました。

 残欠部材の、僧帽筋の木彫には特徴が見られました。 ( 背中部分なので パネルには写っていません )
 この特徴を踏まえて 第二参考に絞ったのは、滋賀県近江八幡市 安土城跡にある ≪ 摠見寺 ≫ の仁王像 1467年 院朝の作。
 
 衣装の裾の翻りにも 参考と出来る仏像が探せました。



 こうして 塑像から型どりの工程を経て、 阿形像は 現在 木彫制作を行っているそうです。

 一方の吽形像については、一切の残欠部材もありません。
 参考となるのは 阿形像です。 現在、塑造による原型を制作しているとのことでした。



 最終的には 天衣を翻した さらに 迫力を増した姿になります。
 彩色はされません。 現時点では 彩色の情報が完全でないということです。

 完成は 2021年の予定、どんなカタチで 私たち眼前に舞い降りてくれるのか、楽しみが また増えました。 楽しいお話でした。

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