読谷村に残る掩体壕  


 バスツアーで県中北部を巡りました。主に戦跡を訪ねるツアーです。

 最初の目的は 読谷村座喜味にある「 掩体壕(えんたいごう) 」
 この名称を初めて聞きましたし、読谷村に このような戦跡が残っていることも初めて知りました。


 読谷村伝統工芸センター近くに車を停めて 徒歩5、6分。
 住宅地を抜けた緑地帯に 周りの風景にまったく溶け込まない異様な建造物が現れました。


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 かまぼこ型の構造物が 「 掩体壕 」
 戦中は 主に軍用機の収納庫として使われたそうです。 国内には 他にも 数か所に現存するとか、、


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 掩体壕のある この辺り、初めて訪れた10数年前とは様変わりしていました。

 その頃は 見渡す限りのサトウキビ畑と、畑を無理やり貫いたような だだっ広い滑走路だけが 視界に飛び込んでくる 異次元のような場所でした。
 私たちが訪れたのは、実際に飛行機も飛ばなくなった 跡地の頃だったのでしょう、滑走路の上を 車で走りましたから。

 かつては、日本帝国陸軍沖縄北飛行場として、アメリカ統治下は 米軍読谷飛行場として、復帰後は 嘉手納の補助飛行場として、 さらに 共同使用の時代に 様々な 村営施設の建設を重ねながら 2006年に完全返還されました。


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 私が初めて訪れた頃に近い光景。 2006年の撮影(ウィキペディアより)


 この10数年間の開発で 一般住宅も立ち並び、かつての滑走路の名残は探せませんが、道路だけは 広い広い。

「掩体壕」はそんな一画に残されていました。


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 戦闘機の格納庫というには小規模で 簡素な造りに見えましたが、この かまぼこ型の構造で強度を得ているとのことでした。
 7基あったという掩体壕は 現在は 1基のみが保存されて 戦争の生々しさを伝えています。



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 掩体壕に近い住宅の角に見つけた 「石敢當」には 「泰山」の文字が。
 泰山は 中国の霊峰のひとつで、この文字を加えることで いっそう霊力の強い魔除けになるのだとか、、

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