縁側に目をやれば


 番組の終わりは、まるが いつも日向ぼっこをしていた縁側と、まるが見聞きしていただろう野鳥のさえずりと 樹のそよぎと、養老先生の後先を いつもトコトコと歩いていた石畳と・・
 そして、そこに まるの姿を探すような先生の背中と・・


IMG_2198.PNG



 NHK『 まいにち 養老先生、ときどき まる 』


 なめらかな語り口調で 鋭く社会現象を解いたり、魔法みたいな言葉で気付きをくれたり、そして、先生とまるとのふれあいは 癒しそのもので、静かな夜には あえて見たくなる 番組です。


 13日は その特別番組でした。
 昨年12月に旅立ったまると、見守り見送る 養老孟司先生の最期の1年。



 番組がスタートした当初から、まるは いつもゆったりと、のんびりと、向けたカメラにも動じず悠然としていました。
 トコトコと歩いていく後ろ姿さえ目が離せないほど、猫好きの人が猫に寄せる憧憬そのものでした。


IMG_2202.PNG



 番組の中で 先生が語った言葉が印象に残っています。



 「死」は 常に 二人称。 死は自分じゃない人、知り合いに起こること。 自分の死はない( その瞬間、自身の死を悼む感情は生まれようがないということでしょうか・・)
 親しい人が死ぬときは自分が変わる時。 それは事件といえる。 親が死ぬと自分が変わる。
 学問を学ぶと自分が変わる もそう、その繰り返しは いろいろな人生を歩めるということ。

   ・
   ・


 人生の大きな節目に 考え方や感じ方が大きく変わること 確かにあります。 


 先生が語る人生観には、いつも、縁側で日向ぼっこするまるや、トコトコと どこかに向かう まるの後ろ姿がいるように思えました。



 「死」は 二人称とおっしゃいました。
 いつも まるが寝そべっていた 日当たりのいい縁側に まるの姿を探しているような先生の背中は、これから自分がどう変わるのか、自分を探してられるようにも見えました。


 『 まいにち 養老先生、ときどき まる 』 は たくさんの癒しを与えてくれました が、、 昨晩は辛かった・・


この記事へのコメント