テーマ:歴史

参加できる理由

 日本が 武力を持たない国であることが、最大の抑止力になっている と思っていた。  そんな 日本の立場は、世界中が 理解していることじゃなかったのかな・・・  なのに、なんと 日本のトップが、70年間 国民が 大切な約束として 心に刻んできたことを 打ち崩した。   安倍首相は 「戦争を未然に防ぎ、国民を守るための…

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押し寄せる観音立像 京都≪三十三間堂≫

 庵の風情や 四季折々の移ろいを魅せる庭園を巡るのが 京都観光の醍醐味のひとつですが、 国宝 ≪三十三間堂≫ は そういう意味では 別格のお寺です。  仏像に対峙するために ここに足を運びます。  沓脱で スリッパに履き替えて 堂内に入ります。  入り口の 敷居を跨いだ瞬間、 右手の階…

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若冲も 応挙も・・ こんぴらさんの宝もの

 前もっての情報も もたないままに、あでやかで 可愛い 展覧会チラシの印象から、軽い気持ちで訪れた 『 昔も今も、こんぴらさん。 』 には ぶったまげたのでした。  無知な自分を 大いに反省して、こんぴらさんに 御見逸れいたしました と、頭を下げたのでした、、 そんな展覧会。  香川県琴平町 「金刀比羅宮(ことひらぐう…

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二人の報道カメラマンが撮らえた沖縄の現実 (1)

 ~ 壕は 自然の鍾乳洞を利用したものだった。 懐中電灯が照らした 澄んだ小川の中に 数体の遺骨や遺品が水底から浮かんできた。 このように 人知れず眠っている遺骨が まだ 数多く 山野や埋没壕にある ~    40年以上、沖縄の その時々の瞬間を捉えてきた 報道カメラマン 山城博明さんが、自身の この写真に向けて…

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白い慰霊碑は ≪小桜の塔≫

 昨年 6月27日、 天皇皇后両陛下が訪れ 供花なされた ≪小桜の塔≫  1944年8月22日、 疎開児童を含む 1700名以上を乗せて那覇港を出航し 長崎に向かう途中、 鹿児島県 悪石島近海で アメリカ海軍の潜水艦の魚雷により 撃沈された 対馬丸。  犠牲となった 疎開児童767名、引率者28名の名前が 碑に刻まれてい…

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初もうで

 早朝の境内は まだ 人も少なく、ゆったりとした 初もうで風景です。  繁華街で年越をして そのまま流れてきたのか、 もたつく足に テンションの高すぎるグループが ところどころ 溜まっていますが、神さんに手を合わせる気持ちは みんな一緒ね・・・  ここは、那覇市若狭 波上宮、 拝殿の屋根は赤…

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伎芸天が迎える 秋篠寺

 五月晴れのもと、奈良の古寺を巡ったことが いつの間にか遠い日になってしまいました。  あの日、いちばん最後に訪れたのが 「秋篠寺」  美しい響きをもつ寺の名前と、その名が 宮家に付けられた由来も気になって、いつか 訪ねたいと思っていました。  最寄りの 平城駅を降りて、田んぼと畑を通り抜けるようにた…

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三蔵法師 を 詣でに・・

 薬師寺の宗派、法相宗 の 始祖は、言わずと知れた 三蔵法師 ≪玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)≫ です。  中国で会得した仏教を、さらに その本質を追及するために、仏教発祥の地 インドに 原典を求める旅に出ました。  長い歳月と 過酷な道程を経て、中国に 経典を持ち帰った話が、後に ≪西遊記≫ と なります。  薬師…

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奈良 西ノ京 ≪薬師寺≫

 五月の風が ひるがえした御簾の向こうに、チラリとお姿が見えました。  「 薬師寺 金堂 」 に 安置されている ≪薬師三尊像≫ の 脇侍、二体の菩薩像は、かつての ピンクレディ の如く、菩薩のアイドル と いったところかもしれません。  ≪日光菩薩≫ ≪月光菩薩≫  腰を少しくねらせた リラックスな姿で立ち、妙…

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未だ 謎と神秘の≪百済観音≫

 5月末に訪れた法隆寺には、できるものなら もう一度 逢っておきたいと思っていた 仏像が安置されていました。  ≪百済観音 (くだらかんのん)≫  存在そのものが 謎と神秘に満ちて、その姿は 得も言われぬオーラを放つ 観音様です。  中宮寺の ≪菩薩半跏像≫ が 望む限り傍にいてくれて、ひたすら 悩み迷い…

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「唐招提寺」 美しい境内を巡る

 南大門をくぐると 玉砂利の参道の正面に 金堂 が見えました・・・ 唐招提寺 を紹介するとき 必ず目にする構図です。  私は初めて、実際の 美しい 「唐招提寺」 金堂 の前に立ちました。     ・・・このお寺 好きです  ・・・鳥肌が立ちそうです。  「金堂」 ・・・ 薄暗い須弥壇の上は、中央に 「盧舎…

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「山の神仏 吉野・熊野・高野」 大阪市立美術館

 尋常じゃない存在感でもって 目の前にドッカーンと現れた建物は 大阪市立美術館です。  美術館の建設を条件に、旧財閥 住友家の本邸と 庭園「慶沢園」 を含む敷地が 大阪市に寄付され 天王寺公園の一角をなし、美術館は 昭和11年に開館しました。   この日は、特別展 ≪ 紀伊山地の霊場と参詣…

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優しさに包まれる台湾茶カフェ≪流求茶館≫

 ウッドデッキを上がって ドアの前、 オヤ? 引き戸・・ この新鮮な温もり感に 胸がキュンとします。  優しい色合いでまとめられた チャイナ仕様の店内で フッと頭をよぎったのは、 『千と千尋の神隠し』 の舞台の イメージを求めた と いわれている 台湾 九份 の街にありそうな レトロな茶館。  …

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小さな島の大きな歴史-紀伊大島-

            紀伊大島まであと一歩・・ 届かないのか 橋杭岩  昨晩、偶然 チャンネルを合わせた 「世界ふしぎ発見」 に 見覚えのある風景が流れていました。  日本とトルコ共和国が 友好を結ぶ きっかけとなった、和歌山県 本州最南端の町 串本町、 橋で繋がる 「紀伊大島」 を 紹介していました 。  陽光かがや…

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いにしえの風が吹くなり法隆寺

 境内の松林に導かれて 南大門 をくぐると 空気が変わりました。  参道を囲む塀さえ 重要文化財です、 1400年の時が創り出す この異空間に 足を踏み入れる瞬間を もう一度 体感したいと ずっと機会を待っていました。  正面の 中門 の前に 立ちました。  気が遠くなるほどの年月、ひたすら 法隆寺 を…

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奈良 中宮寺まで 逢いにきました・・・

 法隆寺の東側に隣接して在る 小さな門跡寺院 「中宮寺」 には、言葉で表現し難いほど 美しい表情で迎えてくれる菩薩様がいらっしゃいます。  どこに住んでも 無性に この仏様に向かい合いたくなるときがあります。   国宝 「菩薩半跏像」 (如意輪観世音菩薩)   奈良国立博物館開館百年記念『日本仏教美術名宝展』図録か…

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新都心公園で拾った風景

 午前8時の 那覇 新都心公園・・・  ガジュマルなどの大木に囲まれた広い芝には 人はなく、朝の光だけが降り注いでいます。   ジョギングコースでは 何人もの人たちが 軽やかな足取りで 私を追い越していきます。  市民マラソン大会が近くなると 急に本格的なジョガーが多くなり、 ご年配の方なら ま…

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伊能忠敬の地図を歩く (1)

 んっ?! 伊能忠敬は 和歌山も歩いたんだろか?   隠国(こもりく) とも いい表される 紀伊の国 熊野の、見落としそうなほどに小さな 私の故郷も歩いたんだろうか?  ふっ と 思いたって、 「 いつ見るの! 今でしょ!」 と ばかりに、大急ぎで この日 最終日の 『 琉球国之図 と 完全復元 伊能図フロア展 』 に・・・ …

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王妃をギロチン台に導いた首飾り

                              「なら、身に着けてごらんになりますか?」 と 問われれば、 「とんでもございません、 これに見合う風格も 服も 持ち合わせておりません。」 と なるのですが・・・  それでも、やっぱり 見入ってしまうのが 豪華なジュエリー。  沖縄県立博物館で…

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「マリー・アントワネット物語展」 ため息の衣装

 ヴェルサイユ宮殿 「鏡の間」 をイメージした空間に、浮かび上がるように展示された マリー・アントワネットの 5点の復元衣装、 絹やアンティークレースなどの素材から制作、着せ方まで、史料をもとに忠実に再現されています。  白いフランス風宮廷ドレスは、マリー・アンワネットのお気に入りだった美貌…

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 ご紹介します!  デイゴ ♪

 でいごの花が咲き  風を呼び嵐が来た  でいごが咲き乱れ  風を呼び嵐が来た  「島唄」 の、このフレーズで全国区になった デイゴ。  沖縄の県花、 デイゴの花が満開の季節を迎えました。  昭和42年、県民の投票で 県花に選ばれた、、 とは、初めて知りました。  マメ科、インドやマレー諸島…

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 新薬師寺 十二神将に叱られにいく

 奈良観光の中心から少し外れて、 いにしえの古都の風情を残す高畑町に ひっそり佇む 小さな古寺は、 仏像と向いあう醍醐味を与えてくれます  新薬師寺は、 天平十九年、聖武天皇の病気平癒を祈願して、后の光明皇后によって創建された・・・  創建時の大伽藍を経て、 鎌倉時代までに 現在の伽藍が整備された・・・ と、…

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 興福寺から新薬師寺へ

 奈良公園を抜けて新薬師寺に向かいます  十数年前に訪れたときは、 春日大社から春日の杜の中へ、 「ささやきの小径」 を ロマンチック気分どころか 一人で恐々歩いていったものです  今回はなるべく近道・・・   春日大社の南側に広がる飛火野  美しい写真を よく眼にします  朝靄につつ…

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 カリスマ仏像 「阿修羅」

 「興福寺 国宝館」  大勢の観覧客を迎えるには 少々狭いエントランス。  不覚にも 土曜の午後に来てしまったことを恨めしく思いながら、ようやくマイペースで動ける展覧会場に・・  阿修羅像は、仲間の 八部衆 と共に 順路後半の展示室の中、その中央に立っていました。  更に、国宝館のメイン展示といえ…

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阿修羅に逢いに 興福寺

 2009年、仏像ファンを席巻した 阿修羅フィーバーに 3年遅れの便乗、 10数年振りの奈良・興福寺へ  興福寺は近鉄奈良駅を出て 気づけば境内というほど近いので 私には 灯台下暗しな お寺でした。  最近知ったのですが、気づけば境内のはずで、 元々 奈良公園は興福寺の境内だったとか・・・  土曜の午後、人も鹿…

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 清水坂と天神坂

 愛染坂から清水坂、ひとつ南側の天神坂あたりには道標が立っていて 歴史の散歩道になっています。  繁華街に近く と 思えないほどの落ち着いた風情です。  清水坂 は綺麗に化粧されていました。  石段に腰掛けて 休憩でも出来そうなほどゆったりしています。  清水坂に向かう途中に、…

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 愛染さんの坂道

 愛染まつりというのは よく知ってました。  綺麗な芸妓さん達が 宝恵かごに揺られて通りを練り歩くお祭りの様子は ニュースの映像でよく見てました。  そのお寺がここ、夕陽丘にあったんですね、 これは知らなかったです。  愛染堂勝鬘院(あいぜんどうしょうまんいん) 縁結び・夫婦和合・商売繁盛のお寺さんでした。 …

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 天王寺七坂を巡りに・・・

 大阪市、浪速区と天王寺区の境界線でもある 画像の手前は松屋町筋、 その道路に沿って望める瓦屋根は ほとんどがお寺です。  -江戸時代に 大阪城下より移転させられてきた仏教寺院が多く集まる寺町- と ウィキペディアより  松屋町筋と谷町筋に挟まれた 夕陽丘地区の寺町。  このたくさんのお…

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ぷらぷら関西 天王寺区 夕陽丘の坂道

 久し振りに関西へ・・・  秋の関西、あちこち ぷらぷら 楽しんできました。  大阪市内、ナンバと呼ばれる一角にお寺が集中している地域があります。  走行車両の多い幹線道路と、道路に平行して数え切れないほど並ぶお寺の光景は、一瞬、不思議な空間にスリップしたような錯覚を覚えます。  傍らに碑が立つ …

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~女性にまつわるひとり言~

 ふと、思ったのですが・・・  歴史を振り返ると、女性なくしては成り立たなかったのかな・・・ と思えるほど女性の影響が大きい時代があります。    琉球の時代の神女がそう!  国を治めるため、王府が組織をするほど不可欠だったし・・・  日本の遠い遠い昔には卑弥呼がいたし・・・  朝鮮半島の歴史にも、…

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