テーマ:歴史

琉球の偉人 ≪ 朝薫踊り、順則詩う ≫

 「 朝薫踊り、順則詩う 」 このトピック展示のタイトルが、まず 斬新で カッコよくて、ハートを射抜かれてしまいました。  そして展示資料、なかなか お目にかかれない 大好きな肖像画の本物を 思いがけず目の当たりにして、鳥肌が立ちました。  朝薫 とは 「 玉城朝薫 (たまぐすく ちょうくん)」 組踊を生みました。  …

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組踊300年

 沖縄には、かつて「琉球 」という一国であった歴史を 今に受け継いでいる伝統が 数多くありますが、 芸能といえば ≪ 組踊 ≫ が 筆頭に挙げられます。  2010年には ユネスコ無形文化遺産に登録され、大切な伝統芸能を継承するための裾野が広いことも実感します。  組踊の始まりは ちょうど 300年前の1719年、首里城…

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ガンガラーの谷

 今までに見たことない沖縄に連れてってあげるよ♪  久しぶりに 来沖した息子を 案内したのは 「 ガンガラーの谷ツアー 」 のスタート地点、サキタリ洞 にある ≪ ケイブカフェ ≫  坂を下って じわじわと 太古の世界へ  薄暗く ひんやりとした洞窟内で、鍾乳石をつたって滴り落ちる水滴の音を聴きな…

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数奇な運命をたどった絵画

 那覇市出身の女性が ワシントンD.C. で入手した、 いかにも沖縄らしい風景画は、1963年当時の 西銘順治那覇市長から、 第3代 キャラウェイ高等弁務官に贈られた絵画でした。  昨年度、沖縄県立博物館・美術館に寄贈され、アメリカ統治下の沖縄を物語る 歴史的な背景と価値から 博物館の所蔵となりました。  現在、沖縄県立博物…

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「令和」 30年前の新聞と共に

 皇居 松の間で 厳かに 「 剣璽等承継の儀 」 が 行われています。  令和の時代が 歩み始めました。  30年前、 昭和天皇が崩御なされた 昭和64年1月7日、 新天皇が即位された 翌8日の朝刊を保管していました。  このような代替わりを 目の当たりにする事は、場合によっては 最初で最後かもしれないと思…

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≪ブラタモリ≫が熊野へ行ってくれた

 ブラっと行ってくれたんだ タモリさん、 熊野へ、、   でも ≪ 補陀落渡海 ≫ の件が重かったと ネットで話題になっているようで、、  私自身も 沖縄に住んで、琉球史を学んだことで 補陀落渡海を識りました。  ≪渡海舟≫   番組の中で ストレートに 棺桶舟 と解説されました。 その生々しさは確かに心に重…

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和暦を西暦に かんたん計算

 新元号 ≪ 令和 ≫ の由来となった ≪ 令月 ≫ という 初めて聞く言葉、 響きも美しくて 意味が気になりました。  令月・・・ 何事をするにも良い月、 めでたい月、 とありました。 縁起がいい月 ってことですね!?  今までにない 新鮮な印象の元号ですね、新時代を迎えるという 意気が湧いてきました。 …

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なんてカッコいい 旧円覚寺仁王像

 バランスが良くて 迫力に満ちた、ホントにカッコいい お仁王さんです。   琉球王家の菩提寺であった 旧円覚寺の総門に祀られていた 金剛力士像。  残念なことに 沖縄戦の戦禍で 粉々になってしまいました。  沖縄県立博物館が、この仁王像の情報を募っていると 過去に綴りました。  あれから 2年、仁王像の復元に向けたプロジ…

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≪世界ふしぎ発見!≫ も魅せてくれる

 「 世界ふしぎ発見!」 に 8年ぶりの登場です 琉球王国!   今回は 復元工事が終了して公開された ≪首里城 御内原エリア≫と、 戦後の困難を乗り越え 復活を遂げた王国時代からの伝統を紹介しました。  1月末、 レポーターの竹内海南江さんと ほぼ同じルートを 私も巡っていました。  なかでも、 泡盛の酒造所…

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土偶に逢いたい 「縄文と沖縄」展

 ” 縄文 ” と聞くと、なにか温かみを感じます。 そして すぐ、焦げ跡の付いた 重そうな土器を思い浮かべます。 次に ユニークな形の土偶が思い浮かびます。 イメージする 縄文時代の直球が 今、沖縄県立博物館にお目見えしています。  沖縄では なかなか目にする機会のない、縄文時代を象徴する ≪ 火焔型土器 ≫ や ≪ 土偶 ≫…

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1500km ヒスイの来た道は

 昨今は縄文ブームなんですね、 火焔型土器や土偶の造形を、今までにないほど 目にする機会が多くなりました。 夏に開催された 東京国立博物館の縄文展には30万人以上の来場者があったとか・・  こちら 沖縄の縄文時代は、 大きく 貝塚時代と 纏められることもありますが、 南城市のサキタリ洞で出土した 8000年前の押引文土器から …

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おかげ横丁のうまいもん

 お伊勢さんの門前町 おかげ横丁には伊勢ならではの美味いもんを食べさせるお店が たくさん並びます。  筆頭は ≪ 赤福 ≫  今も昔も 赤福餅。  20数年前に訪れた赤福本店は 土間のある 古い 大きな木造家屋で、 黒光りする柱や建具が 歴史の重みを伝えていました。  今も 変わらないことでしょう・・ …

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参道を往く

 一瞬 モネの絵画とリンクしてしまいました・・  が、神社の原風景、もっとも 日本らしいといえる ここは伊勢神宮でした。  雨上がりの 伊勢神宮の画像が届きました。 三重県ブログは初めてです。  内宮(皇大神宮)の表玄関、大鳥居で一礼し、宇治橋を渡って 別空間に進んでいきます。  じゃ…

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朝鮮国王から琉球国王へ

 琉球国と朝鮮国、 ともに中国の朝貢国であった 二つの王国の外交を伝える資料が 沖縄県立博物館に常設展示されています。  朝鮮国の イ・ユンから、 琉球国 尚真王に宛てた書簡 「 朝鮮国書 」 の複製です。  イ・ユンは 李朝10代王で 「 燕山君 (ヨンサングン) 」 と同一人物です。  ヨンサングンといえば、韓…

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歴史はじわじわ変わっていた

 鎌倉幕府の成立は 1192年ではなかったというし、 蘇我入鹿の暗殺事件は 今や =大化の改新 とはいわないのだそうだし、 国宝の 源頼朝像や かの 聖徳太子像さえ、 今では 頭に "伝 " が 付けられています。  いつのまにやら、教科書に載っていた歴史が 新しい学説に伴い、じわじわと 変化を見せています。  最近、身近な…

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沖縄の野球史はこんなに熱い!

 沖縄は 夏の全国高校野球 地方大会の真っ最中。  100回を迎える今年、 どの県でも 大盛り上がりをみせているでしょうか。  沖縄では 県立博物館で トピック展示されている ≪ 高校野球展 ≫ が、今 ちょっとした熱い旋風を巻き起こしています。  沖縄の高校野球年表から ピックアップしました。 …

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天空の霊地から下界へ (5)

 ≪ 奥の院 ≫ の歴史上の人物の 墓所を巡っています。 掃苔、、 墓参りです。  参道の ちょうど中間あたり ≪ 中の橋 ≫  ≪豊臣家≫  豊臣秀吉 一族の墓所は 広々した敷地にありました。  近くには 織田信長の墓所もあるのですが、その名前からすると 見落とすほどに目立たない墓所でした。 …

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弘法大師のもとに眠りたい (4)

 賑やかな 門前町で 昼食と買物をすませ ≪ 奥の院 ≫ に向かいます。  ≪ 奥の院 ≫ は 弘法大師の御廟と、 御廟までの 約 2km の参道に、名だたる戦国武将や大名から 一般庶民まで、20万基を超す墓碑が並ぶ聖域です。  それにしても 高野山は 欧米系の外国人が たいへん多いです。 欧米では体感しようもない神秘性が 欧米…

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金剛峰寺のホント (3)

 古色蒼然とした ≪ 金剛峰寺 ≫ は シャクナゲの花の中にありました。  もともと 「 金剛峰寺 」 とは 高野山 一山の総称だったそうです。  現在の 「金剛峰寺」 を指すのは 高野山境内の ひとつの独立した寺で、明治初期まで 「 青厳寺 」 と呼ばれていました。  それでも、高野山真言宗総本山と…

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高野山 究極の御守 (2)

 霊場 高野山への入口 ≪ 大門 ≫ から 真言密教の中心部 ≪壇上伽藍≫ まで やって来ました。 門前町をぶらぶらと 徒歩で 10分ほど。  壇上伽藍の正門 ≪中門≫ を くぐります。    正面の ≪ 金堂 ≫ は 重要な年中行事の大半が営まれている 総本堂。  御本尊の薬師如来は 高村光雲の作でした。 …

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高野山へご一緒に 出発進行 (1)

 行く前に どれだけ下調べ したやら、、 大阪から日帰りの高野山巡りです、 大阪からだって 高野山は遠い。  お得なチケット、 観光ルート、 観光時間、 人気のお土産、、 少しでも ご参考になれば (*^^*)  まずは 高野山観光の ≪ 全域マップ ≫ を チェック ↓  一日で すべてを ゆっく…

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ふるさとの歴史

 出身地 和歌山の歴史に ほとんど目を向けた事がなかった過去を反省しつつ、ようやく ここにやってきました。  和歌山城のお隣に建つ 和歌山県立博物館。  同じ敷地内の近代美術館とは 2 Fのデッキと地下で繋がる ユニークな建物は 黒川紀章氏設計デザインで、1994年に開館しています。  外…

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尚こう王、尚育王の御後絵 公開中

 お顔立ちは さすがに親子、 よく似ていらっしゃいました。   17代 尚灝 (しょう こう) 王は 1804年~1834年、18代 尚育王は 1835年~1847年に亘って 琉球王に就いています。  2015年 4月、尚育王の 復元された御後絵の公開の記事を ブログに綴りました。  それに次ぐ 尚&…

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倭寇を侵入させない城の話

 沖縄には ≪ グスク ≫ と 呼ばれる 数多くの 石積み建造物がありますが、 今回 倭寇対策のために 設置された城にスポットをあてた話を 聴く機会がありました。  講題は 「 倭寇対策の城 」  倭寇 = 海賊 = 日本人 ?  倭寇は、普段は海を介する商業集団ということでした。    ・・図巻に描…

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この方 ご存じないですか?

 沖縄本島においては 古い時代の お仁王さんを見ることは叶いません、 先の戦争が 絶ってしまいました。  このパネルの仁王像は ≪旧円覚寺≫ に安置されていました。  戦後の瓦礫の中から収集された 写真の 白い部分だけが 現在 沖縄県博に保存されています。  説明文によると、 琉球文化遺産集積・再興…

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旧崇元寺石門にて

 那覇新都心から 坂をブラブラと下れば 中心街の国際通り。 散歩気分で歩ける距離です。  夏の強い紫外線の中では 歩くという選択肢はゼロですが、 冷んやりとした北風が頬を撫でる この季節、 歩かなきゃ 損 損!  この日は坂を下りました。 国際通りまで行きつく手前の 崇元寺通りに、旧崇元寺跡が あります。  圧倒的な存…

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陶芸家 國吉清尚

 ≪ 國吉清尚 ≫ と いう 陶芸家の名は 全国的には どれほど知られているものなのでしょう、、  先日 『 開運! なんでも鑑定団 』 に 國吉清尚の壺が 登場し 「そうだった、 國吉清尚がいた!」 と、 想いが 込み上げてきました。  過去に、 沖縄県立美術館で 大々的な ≪ 國吉清尚展 ≫ が開催されていました。 …

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室生寺 秋麗

 澄み切った秋風まで感じられる 奈良 ≪ 室生寺 ≫ の美しい画像が届きました。  この古寺の境内の様は 簡単には言い表せませんが、 この場所に立つだけで ピュアな心を呼び戻せるような、、 訪れる者に 優しい古寺です。  画像で ちょっと 境内巡り・・  室生川に架かる 赤い ≪ 太鼓橋 ≫ を 渡って 室生寺…

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ミラクル首里城

 首里城は、1923年(大12) の 取り壊し決定の折、 県外有識者たちの 保存に向けた スリリングな奔走が 取り壊しを食い止めた という 歴史を持ちます。  今年、首里城は 開園25周年の節目を迎えました。  もし、過去に 取り壊されていたとしたら、 今 首里の丘に 首里城は存在していなかったかもしれません。 …

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美しかったろうな 100年前の沖縄 (2)

 大きく引き伸ばされた 100年前の沖縄の風景写真が 並ぶ 「 ウィルソンが見た沖縄 」 の展示室内は、まるでその風景を 実際に 眼前にしているような 錯覚を覚えます。  モノクロ写真ではあっても、くっきりと鮮やかな 100年前のその場所は 隅々まで手に取る様です。  那覇港を背景に撮った 垣花の街並み  遠く、海に向かって伸…

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