テーマ:史跡

喜名番所 今昔

 この角度、 かの 黒船、ペリー提督一行が訪れ、随行画家が描いた 約160年前の 喜名番所、当時のお役所。  そして この角度、 読谷村、国道58号線沿いにある 現在の 喜名番所、休憩所としての道の駅。  二股に分かれて延びる松の木に 胸が キュンとなります。  道の駅ではありますが、販売コーナ…

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こんなところにも琉球が

 浦添市、経塚と安波茶(あはちゃ)の 二つの区域を隔てる 谷川に下りてきました。  復元や 保存される史跡の在り様も様々ですが、 こんなところに 国指定の史跡があったとは・・・  住宅地に挟まれて ぽつねんと残る 王国時代の史跡は、石畳の一枚でさえ 愛おしく感じられる風情です。  小湾川上流にあたる 小さな…

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マジムン(魔物)封じの 塚

 浦添市経塚 丘の上の街まで上がってきました。  この街を 「経塚」 とした由縁が この地に残されています。  ちょっと 興味をひく 故事や伝説とともにね・・                  ≪経塚の碑≫   この碑に纏わる人物は、高野山で修行した 真言宗の僧 日秀(にっしゅう) と 伝わっています。 …

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円覚寺 「山門」 復元へ

 タイトル そのまま頂きました。  27日付の地元に発表された 「待ってました!」 な うれしい情報です。  首里城に隣接し、第二尚氏王統 の菩提寺であった 「円覚寺跡」 に、新たに ≪山門≫が復元されるというのです。  円覚寺の歴史など沿革は 2011年に綴っていました。  その…

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真の先駆者では・・高嶺徳明

 本島中部、西原町の 琉球大学医学部キャンパスの前に立つ りっぱな顕彰碑のことが気になっていました。   『 高嶺徳明(たかみね とくめい)』 あまり聞き覚えのない名前ではあります・・ が、実は とんでもない功績を残した人物でした。  1688年、時の王 11代 尚貞(しょう てい)は、孫で 後の12代王 …

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小さな島の大きな歴史-紀伊大島-

            紀伊大島まであと一歩・・ 届かないのか 橋杭岩  昨晩、偶然 チャンネルを合わせた 「世界ふしぎ発見」 に 見覚えのある風景が流れていました。  日本とトルコ共和国が 友好を結ぶ きっかけとなった、和歌山県 本州最南端の町 串本町、 橋で繋がる 「紀伊大島」 を 紹介していました 。  陽光かがや…

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琉球王の存在感がギュッ!(4)

 首里城内、 琉球国王の居住区である 「御内原」 を 巡って、 二階部分で繋がっている 「正殿」 に 入ってきました。    琉球らしい 螺鈿細工が施された 美しい玉座の置かれた場所は 「御差床(うさすか)」 と 呼ばれます。  背後には 中国皇帝から贈られた 御書の扁額が掲げられています。 …

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潜入! 首里城 「御内原エリア」(3)

 「御内原(おうちばら)」 と呼ばれる、 国王と その家族や、仕える女官たちが暮らす、男子禁制の 居住エリアの一部が 今年1月 公開されました。  「近習(きんじゅう)詰所」     「奥書院」    「黄金御殿(くがに うどぅん)」     「寄満(ゆいんち)」  南殿の二階から繋がる 「近習…

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首里城正殿をマジマジ見たら・・(2)

 ここからが、首里城の有料エリア、 御庭(うなー) の はじっこに立って 正殿全景を撮影するのは自然の行動です。  今回は、正殿の真下まで 行ってやりましたっ!  ( いつもと違う目線で 首里城を見てやるんだっ )  こんなに 正殿に近づいたのも 初めてのような気がします。  【順路】 の 固定観念で 城内…

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いざっ 首里城に登城にござります(1)

 我が家のベランダから望む 遥かなる首里城・・・  丘の上に連なる 赤い瓦の波が 徐々に増えているのは気づいていました。  四棟からなる復元建物が完成して 公開されたのは 今年1月・・・ やっと参上の時を迎えましてござります。  もう何度足を運んだかわからない首里城、 いつも 順路に流されて、気付けば出口! なのです…

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浦添ようどれ 今昔

 「ようどれ」 は夕凪 の意味・・・  二人の琉球王が眠る 王墓です。  浦添城跡の 海を見下ろす北側斜面に 静かに佇む王墓は いつ訪れても静寂に包まれています。  「ようどれ」 と 名付けた人々の想いを 私も想います。  ( 浦添ようどれ の歴史は こちらの記事で触れています )  戦前の モノクロ写真の…

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キング オブ 城跡 「中城 」

 城跡に一歩足を踏み入れれば、誰でも 「うわぁ~」 と 感嘆の声を上げるのでは・・  標高160m、180度パノラマの空の下、美しいアーチを描く相方積みの石積みは、それだけで 大きな存在感をたたえています。  沖縄の数あるグスクの中で この中城(なかぐすく)が 私の №1です。  太平洋と東シナ海を見下…

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知念グスクの城跡で・・

 「カフェくるくま」 の お庭の横の坂道を テクテクテク、、  しばらく下ります。  坂道から、更に 脇に延びる 細い坂を下りますと、現れるのは 「知念城(グスク)」  城跡です。  周囲ぐるりと、鬱蒼とした杜が グスクを取り囲んで、まるで 覆い隠しているかのよう・・・  本島南東部に位置す…

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神秘のトンネル 玉城グスク

 数あるグスクのなかでも、創建当時の姿は ほとんど留めていないようなのに、インパクト大な グスクが 南城市にあります。  玉城グスク   東方楽土から渡ってきた 創世神アマミキヨ の 琉球の国造りのなかで 五番目に造られた御嶽と 伝えられています。  目を引く 自然石をくり貫いた丸い城門…

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那覇市久米 はチャイナタウン?

 8日、「象棋大会」 が行われた 明倫堂 がある 那覇市久米 の周辺は、琉球の頃、クニンダ(久米村) と呼ばれ 特別区のような存在だったところです。  明倫堂 は 「孔子廟 」 の敷地にあり、その 孔子廟 に隣接してあるのは 中国式庭園 「福州園」  界隈を ぶらぶらするだけで、あちらこちらに 中国を感じるエリアです。 …

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北山の要 「今帰仁城」

 世界遺産 「 今帰仁(なきじん)城跡 」  正面の石門 「 平郎門 」 を くぐってタイムスリップします。  この日は所用で今帰仁村へ・・  時間の都合で城内までは見学できず、数年ぶりなのに残念!  門の右手の チケット管理棟には 知る人ぞ知る 看板猫が いつも迎えてくれていて、 今日もい…

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斎場御嶽 男子禁制に?

 あまりに唐突な記事に驚いたのは9月21日のこと!  昨年、世界遺産 「斎場御嶽(せーふぁうたき)」 を 訪れた人は 約43万人だったとか・・・  ここ数年、御嶽を訪れる観光客のマナーの悪さは 時折 地元メディアを通して話題に上っていました。  神聖な祈りの場所に置かれた香炉を 写真を撮るための踏み台にする、 …

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琉球風 廻遊式庭園(3)

 ユネスコ世界遺産に登録されている 琉球王の別邸 「 識名園 」 の お庭を廻ります。  ほぼ中央に配された池には 二つの中国風の石橋が架かっています。  うちの一つは切り出したままの琉球石灰岩を ダイナミックに組んでいます。  中国からの冊封使節を迎えるにあたって、両国の深い関わりを表したのでしょうか・・…

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王様の別邸をご紹介(2)

 識名園の 御殿(うどぅん) におじゃまします。  沖縄の 伝統的な民家風ですが、 格式の高い家屋の造りです。  絢爛豪華ではなく 一見 素朴な印象ですが、ゆったりとした空間は、なるほど 王様の別邸です。   来賓を迎える一番座から、二番座・三番座を 写しています。  金色も赤色も施されて…

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識名園におじゃまします(1)

 梅雨時の雨のすき間に、6年ぶりに訪れた 識名園(しきなえん)  1799年、15代 尚温王 の時に 完成以来、 冊封使などを歓待する 迎賓館としての役割も持つ 王家の別邸でした。  世界遺産に 登録されています。  回遊式庭園を巡らせて建つ 御殿(うどぅん) は、 沖縄特有の民家風の木造建築です。 …

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伝説の「銘苅子」 のその後 (2)

 子供の頃に聞いた天女のおとぎ話の記憶は もう おぼろげになってしまいました。  沖縄にもある 羽衣伝説 は、ユネスコ世界文化遺産の 「組踊」 の演目 『銘苅子(めかるしー)』 となって、現在も しっかりとこの土地に息づいています。   組踊の創始者 玉城朝薫 の記念碑   レリーフの中央に羽衣を纏った天女 …

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都会の真ん中に羽衣伝説 (1)

 わざわざウォーキングを実践してはないけれど、 歩ける機会は逃さずに 楽しんで歩くようにしています。  那覇市新都心界隈・・・   新しい街ですが、少し歩いただけで 車の移動だけでは絶対見つけられない、歩いていればこその発見がたくさんあります。  古い大きな亀甲墓を見つけたり、優しい眼をしたヤギの親子に出会えたり・・・  …

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勝連城の命運 『護佐丸・阿麻和利の乱』 (2)

 国王の娘を妻に迎えるほどの 地方の豪族、 勝連城主 「 阿麻和利 (あまわり)」 は どんな人物だったのでしょう。  琉球王府の絵師の流れを引き継いだ  金城安太郎(1911-1999) が描いた    『 風雲児 阿麻和利 』  琉球の歴史書に、阿麻和利 の人となりが伺える記録があります。 …

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絶景かな!勝連城 (1)

 頂上からは360度の景色を見下ろせる ここは うるま市勝連、 勝連城跡 です。  足場も良い とはいえない、急な勾配を ヨイショヨイショと 登りつめて望む太平洋は、達成感も相まって 何とも爽快な気分です。  1200年前後に築城されたとされる 勝連城は ユネスコ世界遺産に登録されています。 …

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首里城外郭 南エリア 御茶屋御殿まで (2)

 首里城の東側から、城壁の外郭を時計回りに、 更に 南の方向に下ってきました。  首里崎山町、 「 崎山公園 」 から 正殿の横側と 未公開の 「 二階御殿 」 の赤瓦の屋根が見えています。  崎山公園 の一角にある 『 崎山御嶽 』  この場所は、崎山里之主 (サトゥヌシ=士族の身分) の屋…

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首里城外郭 南エリアを歩く (1)

 那覇市国際通りでは この時間、 『 首里城祭 』 の大イベント、「琉球王朝絵巻行列」 が 華やかに繰り広げられていたことでしょう・・・  首里城公園 開園20周年を迎える今年、10日間に亘って、首里城周辺を中心に 琉球王朝を堪能できる 祭りのイベントが目白押しです。  国王や王妃が登場する行列も 気になるところですが、偶然…

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末吉公園(3) 末吉宮の佇まい

 末吉公園に入ってすぐの駐車場から末吉の杜を眺めています。  頂上近くに赤瓦が望めます・・・   末吉宮  末吉宮は、第一尚王統6代 尚泰久(しょう たいきゅう)王の代に、熊野権現を勧請して奉祀されました。  日本の室町時代の中期にあたる頃に建立されていて、 昭和11年、沖縄の地方色が表われている として、…

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末吉公園(2) 誇り高き琉球芸能の父

 末吉の杜の中腹あたり、遊歩道を進むと・・・ 芸術的な碑が現れます。  ほら、 画像の左側、四角いモニュメントです。  2010年、ユネスコ世界文化遺産に登録された 組踊 (くみおどり)の創作者、玉城朝薫(たまぐすく ちょうくん)生誕三百年記念碑です。  碑の作者は、現在、沖縄の彫刻分野を牽引する 西村貞雄…

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 清水坂と天神坂

 愛染坂から清水坂、ひとつ南側の天神坂あたりには道標が立っていて 歴史の散歩道になっています。  繁華街に近く と 思えないほどの落ち着いた風情です。  清水坂 は綺麗に化粧されていました。  石段に腰掛けて 休憩でも出来そうなほどゆったりしています。  清水坂に向かう途中に、…

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 愛染さんの坂道

 愛染まつりというのは よく知ってました。  綺麗な芸妓さん達が 宝恵かごに揺られて通りを練り歩くお祭りの様子は ニュースの映像でよく見てました。  そのお寺がここ、夕陽丘にあったんですね、 これは知らなかったです。  愛染堂勝鬘院(あいぜんどうしょうまんいん) 縁結び・夫婦和合・商売繁盛のお寺さんでした。 …

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