テーマ:史跡

伊是名殿内の墓の主

 那覇新都心にある 伊是名殿内(いぜなどぅんち)の墓 の前を通りかかったら、墓域の雑草がきれいに刈られていたので ちょっと 足を踏み入れたくなりました。  沖縄の雑草は成長が早いので、この 格好の機会に 画像も撮らせていただきました。  過去にも記事に取り上げて、カテゴリーの「 墓 」に含めている ≪ 伊是名殿内の墓 …

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ひっそり閑と 知念城

 梅雨の終わりを思い知らせるかのように 朝から 雨です。 南城市までやってきました、訪れたのは 知念城址  亜熱帯の緑濃い植物が、雨で 一層の勢いを増して、 誰もいない知念城を護っていました。  鳥の声さえ聴こえません。 石積みが ただ 鎮まってあるのみです。  知念城は 12世紀末~13世紀にかけて築城され、…

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継世門 今昔

 首里城の東側に位置する外郭の門 継世門 は 平成10年に復元されていたのですが、ずっと閉ざされていました。  門の向こうに 内郭の門 美福門 が見えています。  復元工事中だった御内原に繋がっていることもあったからか、継世門は 長く 開門には至りませんでした。  首里城の東側の 内郭と外郭の間…

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絶景かな!首里城は魅せてくれる

 駐車場確保を懸念して 朝一番、 御内原 (おうちばら) の復元が完成した首里城に登城です。  プレオープンとして 1月28日~31日に限り、 御内原を 無料公開してくれました。  守礼門 をくぐり、歓会門 を 右に見ながら 右掖(うえき)門 に向かいます。   淑順(しゅくじゅん)門 をくぐって …

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未だかつて見たことない眺めを

 いよいよ全公開です ≪ 首里城 御内原エリア ≫  御内原(おうちばら) は、国王のプライベートエリアのなかでも 特に 王の家族や女官達の生活エリアでもありました。  御内原エリアは 2011年から復元工事が始まり ≪ 黄金御殿 ≫ など 一部はすでに公開されています。  今回、御内原の中でも 正殿の真…

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国内唯一、国宝の墓 「玉陵」

 この角度から撮らえた 「 玉陵 」 を初めて見ます。  ここを訪れるたびに感じる 異次元的な空間が さらに パワーアップされてる様に見えます。  「 玉陵 」 が 国宝指定される事が決定しました。  沖縄県においては 初の建造物の国宝☆  「 玉陵 」 が 国民の宝になりました。  バンザーイ (^○^) …

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首里城の 新・無料エリア

 首里城正殿の見学ルートを経て 外に出てきました。  復元整備の工事現場が広がっていた 東のアザナ方向に 新たな公園が完成していました。  2017年3月に公開された 「北城郭東地区 」 です。  いちばん奥の高い石積は ≪東のアザナ≫  一見、普通の多目的広場のようですが、 とんでもない!  首…

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旧崇元寺石門にて

 那覇新都心から 坂をブラブラと下れば 中心街の国際通り。 散歩気分で歩ける距離です。  夏の強い紫外線の中では 歩くという選択肢はゼロですが、 冷んやりとした北風が頬を撫でる この季節、 歩かなきゃ 損 損!  この日は坂を下りました。 国際通りまで行きつく手前の 崇元寺通りに、旧崇元寺跡が あります。  圧倒的な存…

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復元工事進行中?

 山のてっぺんに立つ城、 平地に立つ城、、  様々な立地の城がありますが、 首里城が 丘陵の頂上に立つ様、 その外観と立地がみせる 絶妙のバランスは 眺めているだけで爽快感を覚えます。  画像は 県立芸大の駐車場から 首里城を眺めています。  ホントに 首里城は どこから眺めても 美しく、カッコいいです…

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ここだっ 護佐丸の墓

 中城城址公園の駐車場を出て 道路を右方向へ、 テクテクテクと 約10分。  大きなカーブの 下り坂の先に海が見えて 赤い屋根の民家が見えたら、 民家の手前を 左の脇道へ、、  少し進むと 道路わきに 石碑と階段がありました。  ここだっ 護佐丸公の墓!  中城城跡は何度も訪れ…

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2万年の安眠の場 港川フィッシャー

 ≪ 港川人 ≫ と 固有名詞を持つ古代人が 2万2千年ものあいだ 静かに眠っていた、 ここが ≪ 港川フィッシャー ≫ です。  祠のある場所が 港川人の化石が眠っていた場所、 うつ伏せの状態で発見されました。  ほぼ全身の骨格が発掘されている、世界的にも貴重な人骨化石です。  ( 遺物の年代測定値は、暦年較…

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絶景かな、、首里城未公開エリア(2)

 ドラマ 「テンペスト」 の最終話で 今まで見たことのなかった 首里城からの眺望が映し出されました。  私は CGかも・・ と 綴ったものでしたが、 あの眺望が見られる場所がありました、、 首里城未公開エリアに・・  未公開エリア見学 参加者一行は 解説を受けながら 一般客が入れないエリアにやってきました。…

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レアな見学会 首里城未公開エリア(1)

 日傘必須の 冬晴れの1月16日、 首里城から見る 那覇市内です。  首里城を訪れるときは、近頃は 市内バスを利用して、バス停近くの 《 木挽門 》 から入るのだけれど、早く着いたので 遠回りして 正規の見学ルートになる 《 歓会門 》 に向かった、、 これが まずかった。  まわりは 朝一だというのに団…

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尚円王の息吹を感じる 内間御殿

 第二尚王統の始祖 尚円王が 《 金丸(かなまる)》 と 呼ばれていた時代に住んだ 内間御殿 の敷地を巡ってみました。  かつてを彷彿させる 重厚な石積みや井戸、御嶽などの遺構が点在していています。       敷地入口から東江御殿方向を見る  内間御殿は 尚円王没後 約190年後の16…

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史跡 御茶屋御殿跡に 新情報

 御茶屋御殿(うちゃやうどぅん)  王国時代の 首里王府の迎賓館でした。  首里崎山町、 首里カトリック教会と付属幼稚園の建つ場所に、かつて その 御茶屋御殿が 存在しました。                   御茶屋御殿跡  1677年、中国からの冊封使を迎えるために造られ…

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古城のあるところ

 ≪天空の城≫ など 城郭ブームの昨今ですが、 糸数グスク (南城市玉城字糸数) も 古城の魅力を十分に体感できる城跡です。  Google地図から頂いた画像です。  もともとは 大きなグスクだったのかもしれないですね、、 右に見える広場には 発掘の名残が残っていました。  画像では 遺構があるように見えま…

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なんてカッコいいんだ 糸数グスク

 石積みを、グスクを見るなら ここでしょう、、、  かく言う私も 初めて訪れたのですが、 古えのグスクの気を (こんなのありましたっけ?) ガンガン感じたのでした。  こんなに カッコよかったんだ 糸数グスク。  グスクを目指していると すすき野のなかに いきなり 石積みが現れました。 …

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ふたつの中城御殿 

 中城御殿 (なかぐすく うどぅん)  琉球王国 近世から近代にかけての時代、代々の世子が住まった お邸を呼びます。  現在の 「首里高校内 」 と 「 旧沖縄県立博物館跡 」 に 存在した、ふたつの中城御殿跡から発掘調査された 興味深い資料が 《沖縄県立埋蔵文化財センター》 で 企画展示されています。 …

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猫もよろけた 石畳道

 おなじみの 「首里金城町の石畳道」 の近くを通りかかったので ちょっとだけ 寄り道!  観光シーズンのすき間の平日でした、 誰もいません。  民家の玄関フェンスをくぐって 一匹の猫が出てきました。  警戒することもなく、ゆったりと 前を 歩いていくのですが、 ・・・ちょっと よろけた(笑) …

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伝説の地(4) 斎場御嶽の見学が 進化した

 リピーターに ビギナー、 御嶽が どんな処か まったく判らない方、ハイヒールで来てしまった方。  訪れる すべての方を ≪斎場御嶽(せーふぁうたき)≫ は、まるで おもてなしを するか のように迎えてくれました。  2013年に物議をかもした 増え続ける見学者への措置として、 現在は、駐車場と券売所を 「…

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伝説の地(1) 神秘の ヤハラヅカサ

 琉球沖縄 開びゃくの 伝説にまつわる史跡を訪ねて 百名(ひゃくな) へ、 まずは ≪ヤハラヅカサ≫ へ・・・  干潮時間も ちゃんと調べました。  南城市玉城 国道330号線、 百名地区にある 「海の展望台シーサイドカフェ」 を目印に、 X路の交差点を 海側に向かう道に入ります。  すぐに現れる …

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首里城で拾った ちょっと お得な風景

 首里城正殿 二階、 赤漆に きらびやかな螺鈿細工が眩い 玉座のある 「大庫理(うふくい)」 の窓が 珍しく開けられていました。  御庭(ウナー) が見下ろせます、 「大龍柱」 は左の吽形。  王様が、執務の合間に休憩をとられた 「奥書院」 のお庭、 王様だけのお庭だったと 推測される…

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首里城は入園者5000万人達成!

 明日で公開終了となる 「第18代 尚育王」 の 復元された 御後絵(おごえ=肖像画) を見に 首里城へ・・・  歓会門前で 偶然 遭遇したのは、開園以来 5000万人目を 迎える首里城の 一大イベントでした。  私は残念ながら すでに帰りの途についていまして、 滅多にない機会だから 野次馬に・・・ …

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久米大通りに残る歴史のカケラ(2)

 国道58号線から 久米大通り に入ってすぐ、通りの西側には 天妃小学校 があります。  その敷地の一角に 「久米村」 の名残が しっかり残されていました。  15世紀半ばの創建だという ≪上天妃宮跡の石門≫  航海の安全を守ってくれる神として信仰をあつめる、道教の女神 「媽祖」 を祀る 「天妃宮…

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かつての久米村 ぶらぶらぶら(1)

 中国と 深~い繋がりがあった 琉球王国。  その歴史のカケラを ぶらりと 探しに来ました、見つけられるかな・・・ 場所は かつての久米村 です。  国道58号線の 泉崎交差点に架かる 歩道橋の上に立ちました。         (久米村の大まかな歴史は こちらで)  大きな三差路をつくる 右側の道路が…

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師弟の碑

 那覇市若狭 「護国寺」 の境内に並んで建つ 石碑。  向って左は、「波之上の眼鏡(ナンミンヌガンチョー)」 と あだ名されるほど、実は ウチナーンチュに馴染んでいたの? ベッテルハイム。  右は、琉球において 牛痘の種痘を成功させた 仲地紀仁(なかち きじん)。  ベッテルハイムは 1846年、プロテス…

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喜名番所 今昔

 この角度、 かの 黒船、ペリー提督一行が訪れ、随行画家が描いた 約160年前の 喜名番所、当時のお役所。  そして この角度、 読谷村、国道58号線沿いにある 現在の 喜名番所、休憩所としての道の駅。  二股に分かれて延びる松の木に 胸が キュンとなります。  道の駅ではありますが、販売コーナ…

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こんなところにも琉球が

 浦添市、経塚と安波茶(あはちゃ)の 二つの区域を隔てる 谷川に下りてきました。  復元や 保存される史跡の在り様も様々ですが、 こんなところに 国指定の史跡があったとは・・・  住宅地に挟まれて ぽつねんと残る 王国時代の史跡は、石畳の一枚でさえ 愛おしく感じられる風情です。  小湾川上流にあたる 小さな…

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マジムン(魔物)封じの 塚

 浦添市経塚 丘の上の街まで上がってきました。  この街を 「経塚」 とした由縁が この地に残されています。  ちょっと 興味をひく 故事や伝説とともにね・・                  ≪経塚の碑≫   この碑に纏わる人物は、高野山で修行した 真言宗の僧 日秀(にっしゅう) と 伝わっています。 …

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円覚寺 「山門」 復元へ

 タイトル そのまま頂きました。  27日付の地元に発表された 「待ってました!」 な うれしい情報です。  首里城に隣接し、第二尚氏王統 の菩提寺であった 「円覚寺跡」 に、新たに ≪山門≫が復元されるというのです。  円覚寺の歴史など沿革は 2011年に綴っていました。  その…

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