沖縄〜 パライバブルーな季節風

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zoom RSS  40年・・・

<<   作成日時 : 2012/05/16 23:49   >>

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 2012年 5月15日 復帰40年を迎えた日の朝刊、 特集一面トップに掲載されたのは・・


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    沖縄がこれまで歩んできた歴史の一こま一こまをひ
   もとき、終戦以来ひたすらに復帰を願い、必ず実現す
   ることを信じ、長く苦しく、そして厳しかったこれまでの
   日々を思い起こすとき、県民とともに言いしれない感激
   とひとしおの感慨を覚えるものであります。

    鉄石のような厚い壁を乗り越え、険しい山をよじ登り、
   イバラの障害を踏み分けてついに悲願を達成し、復帰
   にたどりついてここに至った。
   
  
    米軍基地の態様の問題をはじめ、いろいろな問題を
   持ち込んでの復帰になったわけであります。 したがっ
   て、これからもまた厳しさは続き、新しい困難に直面す
   るかもしれません。 しかし、沖縄県民にとって復帰は
   強い願望であり、正しい要求でありました。それは自ら
   の運命を開拓し、歴史を創造する世紀の大事業でもあ
   ります。

    沖縄がこれまで歴史上常に手段として利用されてき
   たことを排除して、県民福祉の向上発展を至上の目的
   とし、平和でいまより豊かでより安定した希望の持てる
   新しい県づくりに全力を挙げなければならないと思いま
   す。

    復帰はまさしく沖縄という永遠の生命の誕生でありま
   す。 県民は、これまでの基地の島というくらいイメー
   ジを払拭し、新たな自覚に立って県民自治を基調とす
   る 「平和で、明るい、豊かな県づくり」 にまい進する
   とともに、文化豊かな郷土の建設に真剣に取り組み、
   国の未来のために大きく貢献する決意であります。





 1972年 5月15日 新沖縄県発足式典での、屋良朝苗(やら ちょうびょう)知事の式辞です。


 屋良朝苗は、教師から教育行政に携わり、さらに、「沖縄が平和で豊かな島になるには、平和憲法をもった日本に復帰するしかない」 と考え、復帰運動の先頭に立った人です。

 1968年に、琉球政府主席の公選がやっと実現し、米軍基地の 「即時・無条件・全面返還」 を訴えて当選しました。

 復帰に伴い、主席から初代沖縄県知事となった人です。




 40年前のこのメッセージの 部分に依っては、現在から 未来へ、そのまま そっくり引き継いでいく メッセージです。


 沖縄を考えることは 日本の未来を考えることになるこの日を、本土のメディアはどんなふうに伝えたのでしょう・・・

 基地問題と向いあうとき、本土との温度差はまずメディアに現れます。

 そして本土に居た頃の私も 沖縄のことは皆無に等しかったのです。


 40年前の、知事の、県民に向けてのメッセージを、改めて ゆっくりゆっくり かみ締めるように読んでみました。

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