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<<   作成日時 : 2017/10/21 22:19   >>

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 首里城は、1923年(大12) の 取り壊し決定の折、 県外有識者たちの 保存に向けた スリリングな奔走が 取り壊しを食い止めた という 歴史を持ちます。

 今年、首里城は 開園25周年の節目を迎えました。
 もし、過去に 取り壊されていたとしたら、 今 首里の丘に 首里城は存在していなかったかもしれません。


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 節目の年に、保存と復元を見つめ直す企画展が、県立博物館と 首里城公園で展開されています。
 ( 県博の企画展は終了しました。 ) 



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 1923年(大正12年) 3月末、 3日後の 首里城取り壊しの決定を 新聞記事で知った 鎌倉芳太郎は、建築家 伊東忠太に掛け合い 首里城の保護を訴えます。

 伊東忠太は 即座に 沖縄県庁に 取り壊し中止の電報を打ち、 4月4日、首里城保存が決定したという、 このスピーディーさは 裏返せば 紙一重で 鳥肌ものの危機でした。


 正殿は 沖縄神社の拝殿として保存され、1925年(大14) 国宝に指定されました。



 1928年から 昭和の大改修が始まるものの、1930年 資金難で作業は中止、 さらに台風が 老朽化に拍車を掛けます。

 建築技師の柳田菊造から 被害状況の報告を受けた 建築復元の第一人者 阪谷良之進の陳情が 文部省を動かし、 1933年 昭和の大改修が完成をみます。



 この 昭和の首里城大改修の記録が、 現在の 首里城復元の礎です。

 過去に ブログ記事にした、 NHKプレミアムの番組 「 プロジェクトX 炎を見ろ 赤き城の伝説 」 でも、 昭和の大改修の記録が 復元に繋がったことに触れていました。



 博物館での企画展は、紆余曲折を経てきた 過去の改修の歴史や、写真・図面などの記録も紹介されていて、 無料公開とは思えない 重みのある展覧会でした。


 痛々しい姿をさらす 昭和の大改修以前の 首里城の写真の中には 初めて目にする写真も 多く ありました。

 内部が がらんどうの 北殿、 今にも崩れそうな 正殿、、 そんな中にあって、 現在と変わらず 満々と水を湛えた 龍碑 の写真は 希望が湧き出ているようでした。



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 首里城の復元は 平成の今に引き継がれていて、正殿の後ろ側に広がる 御内原のエリアは 復元工事が急ピッチで進んでいます。
 
 先日、琉球の時代に世子が住んだ 中城御殿跡を 覗いてみました、工事の始まる気配が垣間見えたようでした。
 
 円覚寺跡は まだ 工事の様子は見られません。

 


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