浦添ようどれ 今昔

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 「ようどれ」 は夕凪 の意味・・・  二人の琉球王が眠る 王墓です。
 浦添城跡の 海を見下ろす北側斜面に 静かに佇む王墓は いつ訪れても静寂に包まれています。
 「ようどれ」 と 名付けた人々の想いを 私も想います。

 ( 浦添ようどれ の歴史は こちらの記事で触れています )


 戦前の モノクロ写真のガイドパネルが設置されていました。
 美しく復元された 現在の ようどれの姿 と 対比させてみます。




 ようどれへの入り口・・・ 昔はどうだったか、今は 歩きやすく整備された階段を下っていくと・・・

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 下り切った先に 浦添ようどれ の姿が現れます。

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 昭和6年・・・

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 参道を進みますと、暗しん御門(くらしんうじょう)
 戦前までは 岩盤のトンネルをくぐって 聖域に進みました。
 昭和9年の写真

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 現在の 暗しん御門、 トンネルの屋根は沖縄戦で破壊されましたが、参道の先の曲がり角に あの世との境界をイメージするのは容易いです。

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 昭和9年の墓室前 一番庭 (いちばんなー) 

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 復元された 現在の 一番庭

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 久し振りに訪れた ようどれ は 復元が進んだことで、以前は足を踏み入れることが出来なかった区域も 開放されていました。

 石組みに囲まれた、まるでグスクのような 浦添ようどれ の全貌を 下から見上げるのも初めてのこと・・・

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 この写真は、沖縄戦で破壊された ようどれ、どの辺りからなのか やはり見上げて撮られています。
 現在、見事に復元され 甦ったことを 実感します。

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 夕なぎの頃、沈みゆく夕日を受けて佇む 浦添ようどれを 一度 見てみたい思いながら、まだ 実現出来ずにいます。




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