かつての久米村 ぶらぶらぶら(1)

 中国と 深~い繋がりがあった 琉球王国。
 その歴史のカケラを ぶらりと 探しに来ました、見つけられるかな・・・ 場所は かつての久米村 です。
 国道58号線の 泉崎交差点に架かる 歩道橋の上に立ちました。


        (久米村の大まかな歴史は こちらで)


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 大きな三差路をつくる 右側の道路が 「久米大通り」

 この大通りを挟んで 区画されている 現在の 久米1丁目、2丁目辺りが、かつての琉球における 最強のチャイナタウン ≪久米村(クニンダ)≫ でした。


 昔は ≪久米村大道 (クニンダウフミチ)≫ と 呼ばれていた 久米村のメインストリートは、現在も その位置に ほとんど変わりはないようです。



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 Y字路が交わる 小さな広場に設置された 史跡案内に 久米村の始まりが読み取れました。




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                 大正12年の頃


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                 現在の久米周辺




 中国から移ってきた人々が住んだ村は、風水に基づいて 造られていました。

 久米村には 大きな大きな 龍が 住んでいたのです。



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 大通りへの入り口付近は 久米村の南口となる ≪大門(うふじょう)≫  龍の頭に見立てていました。



 そうして、大門の辺りにあった ≪二つの石を 龍の眼≫ に、 ≪二本の木は 龍の爪≫ に 見立てたそうですが・・・

 なるほど! 2枚目の画像の 三角形の広場には 龍の眼と爪も、よく見れば 再現されていました。



 久米村の北口には ≪西武門(にしんじょう)≫ があり、 この場所は 龍の尾にあてました。



 久米村大道は、南の 「大門」 と 北の 「西武門」 を 繋ぎ、 久米村の真ん中を南北に貫いて ≪龍の背(体)≫ に見立てられていたのです。


 
 ちなみに、「大門」 も 「西武門」 も、地域の施設名称のなかに 今も 活きています。



 ところで、 龍が 手にしていたり、咥えている宝珠ですが、バスセンターの一角に保存されている ≪仲島の大石≫ が それにあたります。


 泉崎の歩道橋上で 大通りに背を向けて、 ほぼ その直線上の先にあるのが 龍の宝珠の場所 「仲島の大石」 です。



 昔を彷彿させてくれる なかなかイケてる歩道橋を下りて、ようやく 久米村大道、 大門から 西武門 に向けて ぶらぶらぶらと・・・ (つづく)


 

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