沖縄の野球史はこんなに熱い!


 沖縄は 夏の全国高校野球 地方大会の真っ最中。
 100回を迎える今年、 どの県でも 大盛り上がりをみせているでしょうか。
 沖縄では 県立博物館で トピック展示されている ≪ 高校野球展 ≫ が、今 ちょっとした熱い旋風を巻き起こしています。


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 沖縄の高校野球年表から ピックアップしました。


 1894(明27)
 当時の沖縄中(現 首里高)が 修学旅行で京都を訪問、現 京都大学の学生に野球を教えてもらったのが 沖縄における野球の始まり

 1915(大4)
 第1回 全国中学校優勝野球大会開催

 1922(大11)
 沖縄が九州予選に初参加

 1924(大13)
 甲子園球場完成

 1936(昭11)
 沖縄の野球関係者が甲子園球場を見学

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 1956(昭31)
 沖縄高校野球連盟発足

 1958(昭33)
 第40回 全国高等学校野球選手権大会に アメリカ統治下の首里高校が出場

 1963(昭38)
 第45回 大会において 首里高校 初勝利

 1968(昭43)
 興南高校 県勢初のベスト4


 1972年 本土復帰


 1990(平2)
 沖縄水産高校 県勢初の準優勝

 1999(平11)
 沖縄尚学高校 選抜大会で初優勝

 2010(平22)
 興南高校 春夏連覇 史上6校目
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 以降も、沖縄県勢は毎回のように 大会を盛り上げて、数々の成果を残しているのは周知の事実でしょう。



 サラッと 綴りましたが、 本土とは違う道を辿った歴史があります。


 戦後、何もない ゼロからスタートした沖縄の野球、米軍の物資を加工したり、用具の提供を受けたりして、県民の娯楽として根付いていきます。
 米軍にとっても、親睦を図るのに 野球が もっとも 県民との距離を縮めました。



 展示室は、 数々の栄冠を物語る 優勝旗や記念品、 出場校の当時のユニフォーム、夏の大会で 90、91年と 連続 準優勝の成績を挙げた 名将 栽弘義 監督の興味深い手帳などなどが 所狭しと展示されています。

 当時の写真や映像、記録の資料も たくさん パネル展示されているので、瞬時に 当時を思い起こせることでしょう。


 ひとりの方が言いました。 「 懐かしいって思いだけじゃないのよ、よく ここまで 強くなったなぁ、 何にもない時代から よくここまで積み上げてきたなぁって思ったら 泣きそうになる・・ 」


 その展示室は 県民が 高校球児に寄せた夢や希望までが 一緒になっているようでした。 入ったとたん 熱気が押し寄せてくるようでした。



 沖縄県民は どの地域の高校であっても 一丸となって 代表校を応援します。 その熱気は(たぶん) 他県とは比べ物にならないほど 半端ないと 毎年思います。

 沖縄県地区大会は 明日には ベスト8 が揃うようです。

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