1500km ヒスイの来た道は


 昨今は縄文ブームなんですね、 火焔型土器や土偶の造形を、今までにないほど 目にする機会が多くなりました。 夏に開催された 東京国立博物館の縄文展には30万人以上の来場者があったとか・・

 こちら 沖縄の縄文時代は、 大きく 貝塚時代と 纏められることもありますが、 南城市のサキタリ洞で出土した 8000年前の押引文土器から 縄文の歴史を刻んでいます。


 縄文のシンボル的な火焔型土器のこと、土器やヒスイにみる縄文時代のネットワークのことなど、話を聴く機会がありました。
 沖縄県立博物館で開催中の 「 縄文と沖縄 時空を超えた美の世界 」 展 の 関連シンポジウムです。


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 勉強になりました。

 ≪ 火焔土器 ≫ は固有名詞、 長岡市馬高遺跡で出土した 一点の土器に与えられた名称です。
 この火焔土器も含め、 同じ様式の土器を すべてまとめて ≪ 火焔型土器 ≫ と呼ぶのだそう。

 ちなみに、 国宝は 十日町市笹山遺跡で出土した 火焔型土器。
 東京国立博物館の目玉展示となった これです ↓

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 ≪ 型 ≫ が付くのと 付かないの、 違いが分かってスッキリ!


 火焔型土器は 新潟県から多く出土しているのですが、 県を超えて 東方面、また 西方面、太平洋岸では ほとんど 出土していないのだそう。
 その原因は、もしかしたら その土地の好みに合うか合わないかの結果、一定の地域に集中したのかもしれないと 推理していました。 

 あの独特な造形は、誰もが 作れるものではなさそうですしね、、

 火焔型土器の型式の違いについては 簡単に把握は出来なかったのですが、あのシンボリズムは永遠ですね。



 ところで、 パプアニューギニアの東の海域の諸島には、言語もバラバラのなか、一つの島を中継地点として 独特のネットワークで贈答品の交換がされていて、それで島々の生活が成り立っているのだそうです。

 それを踏まえて・・



 東北の亀ヶ岡式土器が沖縄で出土したことに触れて、亀ヶ岡式土器の特徴を知る人が 西日本 あるいは沖縄で製作したのは間違いないようです。

 また、沖縄で出土したヒスイ18点は ほぼ 糸魚川産と断定されています。
 1500キロも離れた南島まで運ぶには 中継地点があったのでは との話でした。

 日本海沿岸から 奄美、 沖縄本島西海岸、 縄文時代の流通を担った中継点はどこだったのでしょう・・


 聴いた話を胸に刻んで、 謎だらけの縄文の遺物を、沖縄との関わりを探りに 展覧会に行こうと思っています。






この記事へのコメント

あい
2018年11月28日 06:29
レポートありがとうございます!
私は、ブームにのってトーハクの展示を見てきました。
同時期の海外の土器なども展示されていて
いかに縄文土器が造形的なのかが
比較しながらわかりやすく訴えられていて
ゾクゾクする展示でした。
展覧会のコンセプトが
ストレートに伝わってくる感じ。
はるか昔の造形物が
今にも通じるというか、
岡本太郎をはじめ多くの人を
虜にしてるって所もすごいと思いました。
沖縄の展示もゾクゾクさせてくれるかな。
2018年11月28日 16:47
あいさん
展覧会がきっかけで 縄文時代に 東北地方と沖縄本島の間に交易があったってこと 知ってビックリ。土偶を見るのも楽しみです。
トーハクの縄文展は見応えあったでしょうね☆
あい
2018年11月28日 21:17
レポート第2弾を待ってます♫
2018年11月29日 07:01
わっ! プレッシャー(/ω\)(^^)/

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