琉球の偉人 ≪ 朝薫踊り、順則詩う ≫


 「 朝薫踊り、順則詩う 」 このトピック展示のタイトルが、まず 斬新で カッコよくて、ハートを射抜かれてしまいました。
 そして展示資料、なかなか お目にかかれない 大好きな肖像画の本物を 思いがけず目の当たりにして、鳥肌が立ちました。


 朝薫 とは 「 玉城朝薫 (たまぐすく ちょうくん)」 組踊を生みました。
 順則 は 「 程 順則(てい じゅんそく)」 文化人として大和や中国でも高く評価され、のちに 「名護聖人」と呼ばれました。

 琉球王国の同時代を生きた 二人の偉人を紹介する 博物館常設展のトピック展示です。



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 歴史上の人物の肖像画で、この ≪ 程 順則像 ≫ のように 真正面を向いて描かれているのは 数少ないのでは? 
 しかも 見事にリアルな表情は 人柄まで現れているようです。 写真よりリアル!

 うっすらと 笑みを浮かべているように見えます。 瞳は 前に立つものを まっすぐに見据えています。
 何歳の頃なのか、白いひげに 肌は 少し緩んでいるようです、重ねた歳月そのままに描かれています。

 キャプションの解説には、「 紫の八巻(ハチマチ)や、顔の表情から 親方(ウェーカタ)になった後に描かれたのでは 」と記されていました。



 程順則は、1683年を初めとして 数回 中国に渡っています。

 1706年、進貢使として中国に渡った帰りに 『 六諭衍義(りくゆえんぎ)』を買い求め 版行します。
 『 六諭衍義 』は 薩摩を経て 将軍 徳川吉宗に献上されました。 のちに 寺子屋などで 教科書として使用されるようになりました。
 
 新井白石などとも交流を持ち、文化人として 高く評価されていたことがうかがえます。



 程順則と、京都の公家の名門 近衛家との交流を示す資料も展示されています。

 1714年、徳川家継の将軍就任の慶賀使として 江戸立ちに参加した帰途、関白太政大臣も務めた 近衛家煕公の依頼を受け、鴨川沿いにあった 近衛家の別邸、風光明媚な ≪ 物外楼 ≫ を 詩に詠みました。

 原本の控えとみられる 県博所蔵の ≪ 物外楼記 ≫ 近衛家の古文書などを保存管理する「 陽明文庫 」が所蔵する、献上された ≪ 物外楼記 ≫ が、約300年の時を経て、二点並んで 展示されています。

 二点ともに 程順則の書、下書き(ともいえるかな)と 献上品、比較も興味深い展示資料です。


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 大和と 中国、二つの国の狭間にありながら、琉球国を上手く前面に出して 外交と交流を推し進めていた時代、琉球文化が開花した濃い時代を肌で感じることができます。
 トピックながら 濃厚な特別展です。

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